セミナー「刃痕から大工道具の歴史を探る」

先日、昔の木造建造物の部材に殘る刃物の痕跡から当時使われた道具や年代を調査されている学芸員さんの話を、竹中大工道具館で開催のセミナーで拝聴しました。

斧 オノ、鑿 ノミ、鋸 ノコ、鉋 カンナ。木を切ったり削ったりする刃痕(ジンコン、ハアト)は、それぞれの発達具合や過程で殘る形が違うのは頷ける話。絵巻物などの古文書に殘る建築現場の様子も参考に、どんな姿勢でどんな風に使われたのかを想像するのは、ちょっと楽しそうです。
簡単に想像できるものもあれば、併用されて複合的に考えないと謎解けないものもあるでしょう。いくら考えても分からないものもあるようです。

学芸員さんは、お堂の屋根修復現場で携わった野地板の調査の際、時代を経て幾度か修理されている経緯を野地板に残る刃痕から読み取ることができたのが面白く、研究を始めたきっかけになったそうです。そうした刃痕を追いかけて修復現場、発掘現場に出向き、写真や摺本(乾式拓本)を整理し、まつわる文献を読み解いた最近の調査事例をいくつか紹介していただきました。お話は、建築道具を通しながら昔の人々の営みを夢想されているかのようでした。

一方、今の建築ではどんな痕が残るのだろうか?と考えてしまいます。

調査の話は、どうしても寺社仏閣のどちらか言えば立派な木造建物が主ですが、多少の差こそあれ当時の一般建築に使われていたものと大差ないように思われます。
しかし、現代の一般建物はとなると、機械化されたプレカットの痕?、電動工具の痕?、でしょうか。そもそも簡略化されていく工事に人の手の痕さえ残りません。そうして考え始めるとちょっと寂しいものがあります。

刃痕の話から逸れますが、熊本地震によって崩れた熊本城の石積み修復の話をテレビで観ました。修復前の調査によって、築城当初の古い石積み「武者返し」には被害が少なく、戦争などその後の修復工事を施した石積みの箇所がむしろ脆いことが分かったそうです。熊本城の「武者返し」は当時の地震対策を加藤清正が経験を積んで完成させた技術であったということが、とても興味深いものに思えます。

刃痕をさらに掘り下げれば、先人の知恵が思わぬところに隠されているようにさえ思えます。脈々と培われて来た技術が、経済性に追いやられず、現代の建築現場の道具や工法にしっかり取り入れられていくことを望みたいと思います。

また、熊本城の修復をする建設会社の技術はスゴイものと同時に感じます。現代建築の技術にはとてつもなくスゴイものも数多くあります。こうした技術がいずれ、先人の知恵のひとつとして残っていくのかもしれません。ただこうした技術は人肌から遠く離れた感覚があります。もっと身近に感じられる知恵の伝承も増えれば、住まいや暮らしを豊かに感じるようになれると思えます。

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