枚方宿(ひらかたしゅく)

くらわんか船

くらわんか船

小学生の頃の一時期、「東海道中膝栗毛」が愛読書のひとつでした。毎週、読書の時間があったのですが、図書館に行く度この本しか手に取らなかったのです。その割にすっかりお話は忘れていますが、弥次さん北さんの繰り広げる顛末が気になって仕方がなかったのだと思います。

先日のすまいをトークで、はじめてその東海道が「五十三次」ではなく「五十七次」である事を知りました。太陽系の星がひとつ増えたような驚きですが、表題の「枚方宿」は五十六次。江戸から京都を目指すと五十三次になり、その先大阪まで目指すと間に四つの宿場町があり五十七次となるのだそうです。今回はこの枚方宿の町並みを見学。

宿場町であった街道沿い約1.5キロ程の地区が町並み保存として整備されています。また、この枚方宿を紹介する中心的施設として、当時の様子を残し文化財に指定されている旅館・鍵屋があります。
鍵屋は淀川沿いに位置し船待ちの宿として栄えました。枚方・高槻は淀川の往来を拠点に、名物「くらわんか船」が産まれました。京都と大阪を結ぶ三十石船に近づき「飯くらわんか、酒くらわんか、銭がないからようくらわんか」と口の悪さが風物詩となり、商魂逞しく乗客を引き止め繁昌していったそうです。地理的に見ても中継地点として抜群な立地であった訳です。鍵屋資料館ではそんな様子を、模型や映像を使って詳細に紹介されています。その他周辺にも当時をしのばせる建物や民家が多く見られます。

半日で見て回るには駆け足気味な見学会でしたが、もし当時に生きていたとすれば「くらわんか船」の様子は見てみたかったものです。帰りは京阪電車で本日開通の中之島線に乗り中之島駅を通って帰りました。この線の開通でまた大阪の町並みが変わるのでしょうね。今も昔も交通を拠点に街が形成される事は同じです。新しい名物がまた産まれるかもしれません。

 

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