セミナー「古代東アジアの木塔」

ホント倒れそうなくらい暑い日が続きますね。駅前でイチローも水浴びさせてもらって気持ち良さそう。

久しぶりに竹中大工道具館のセミナーを聴きに行きました。日本や韓国・朝鮮、中国の塔のお話。演台の箱崎先生が、この話は「話すのが難しい」と最初に言われただけあって、何をどう書けばよく分かりませんが、とりあえず。

塔と言えば法隆寺の五重塔。しかし、その設計法や施工法の技術はその当時どのような伝来であったか、まだまだ謎の多くが解明されていない様です。日本には他に比べると現存する木の塔は多く、遺跡も数知れずあるそうです。その遺跡の中には、法隆寺の塔が6〜9つぐらい入りそうな大きなものもあるのだそう。そんな塔が今も残っていたら、世界遺産だらけになるに違いありません。それに比べると、中国朝鮮の木塔は片手程しか無く、現存する塔はどちらか言えば石やレンガのもの組石造だそう。もしくはその混構造になるようです。また塔と言うよりも堂と捉えられるような建物が多く、日本の状況は世界的にも類を見ない木塔乱立国と言ってよいのかも。

ただ特に朝鮮の木塔が現存しない理由のひとつとして、豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に多くが焼き尽くしたのだとか。なんちゅう事をするのでしょう。もし現代でそんなことしたら、日本は間違いなく四面楚歌状態にです。丁度この間観たNHKの大河ドラマ「江」がそんな秀吉をやってたところ、岸谷五朗の顔を思い出してしまいました。北政所と共に止めさせるべきでした。であれば、今日の話はもっと面白くなったかも。

スライドで紹介される中、やはり日本の職人の技はスゴい気がします。それは美意識なのか、どう考えても他に比べると複雑な構造を求めていたようにも思えます。ただ、何故だろうと正直思うのは、現存する最古の塔・法隆寺が一番美しいバランスでスマートに建っているように思えてなりません。聖徳太子の美意識は並々ならぬものだったのか?それだけでなく法隆寺の伽藍のバランスも、現代の美意識に一番近い気がするのです。その点だけ捉えて自分なりに考えれば、もっと後期なものであっても良さそうなもの。美意識の変遷がどのようにあったのか。そう言えばそうした時代のそうした建物にまつわる話はあまり聴きません。主観的になりそうで、難しいテーマだから?現存の資料が少なすぎるのでしょうか。そんな研究をされている方の話があれば、是非に聴いてみたい気がします。

 

関連記事:

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterPin on Pinterest

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です