セミナー「江戸時代の木造建築リサイクル」

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土曜日の午後、竹中大工道具館の「技と心セミナー」に行ってきました。講師は研究員の方で「江戸時代の木造建築リサイクル」というテーマでした。
以前に、尺貫法でシステマティックに構成された日本の家屋は、建具や畳をはじめとしていろんな部材が再利用出来ると言う話を伺ったことがあります。今回は、そうしたリサイクル事情の背景を少し伺い知る事ができたと思います。

日本の昔の衣食住のスタイルは、素材を生かし、資源を大切に使う、共通した考えがあります。例えば着物にしても、羽織が古くなれば前掛けや袋物にし、さらに古くなれば雑巾にする。そうした感じで、モッタイナイを上手に活用しています。きっと誰でも当たり前のように思っているでしょう。さらに、侘び寂びを代表とする古いものも新しくしてしまう斬新な美意識など、アンティーク趣味では無い独特の美意識を日本人は持ち得ています。物事を時空を超えて包み込むような思想が根底にあるのでしょうか。

講座の中で特に興味を惹かれた部分は、ある村での工事記録では居宅が村に82件あり、10年間での新築は1件しかなく、それ以外は修繕や増築で対応しているという話。解体された空き家の部材を土台や鴨居、下地の野材まで村の人たちが、買い付けにきていたと言う帳簿の話。大きなお屋敷では周期的に屋根の修繕が行われ、日常的に大工さんの出入りがあった記録の話。さらに、家一軒の部材を家の奥に貯蔵しているのは珍しくないと言う話。など、当時の生活を伺い知るようなところです。
養父が亡くなり幼い子供では管理できなくなった家屋を一端解体、整理保管し、何年か後に子供が成人したところでまた建て直すと言った話もあるようです。一般の家屋に限らず、お城から寺社仏閣にいたるまで、リサイクルの精神は行き渡っていた様子です。

当時の木材は伐採、製材、加工までの工程は今とは比べられないほどに手間が掛かり、端材であれ貴重だった訳です。だからこそ、材料を長い年月に耐えるようにする加工の技術は高度に成長し、伴い大工道具の発展も凄まじかったのでしょう。ひとつひとつに手間を掛けていたのは、決して一部の話では無かったに違いありません。

話は現代にもどり、ホームセンターに解体した家の部材があったら買う人がどのくらいいるでしょう?釘をきれいに抜いて陳列台にきっちり並べても、材料が新品のものよりずっと良いとしても、梁の穴が残ったりする材料を気持ち悪いなどと素通りし、思ったほどに買う人はいない。そんな気がします。なのに、古材と名打っただけで実はそれほどでもないものを高く買う人もいるでしょう。
江戸時代のリサイクル精神を今に再現するのは、なかなか難しい気がします。
私事では、現場の端材できれいに残ったものがあると、監督さんや大工さんに断り持ち帰る事があります。日曜大工を趣味にしているとは言えませんが、棚板やらなにやら結構使わせてもらっています。反面、使わずままの端材も結構転がっています。

そんな端材を眺めながら、モッタイナイ建築が考えられないものか。それを考える時間がモッタイナイ、なんて思い始めたらますます遠くなるのです。

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