現場の帰りに施主さんにサンプルを渡すため、
四条烏丸で降り通りに上がってみると、祇園祭の山鉾が通りに飾られていた。
学生時代に長く京都にいたのに、祇園祭がどんな祭りだかよく分かっていない。
実は山鉾巡行がメインだと思っていたら、前祭のようだ。
ネットで調べてみたら、花傘巡行までおよそ1週間もある。
そうだったのか〜。そんな事さえ知らなかった。
側で売られている厄除ちまきを買うと長刀鉾に上れると分かって、
思わず買って、早速上って来た。山鉾には男性しか入れないらしい。
もちろん、そんな事が出来る事も初めて知った。
毎年毎年組み上げられる為に床板に刻まれた番号に目が行く。
四方の欄干には東西南北と刻まれていた。
絢爛な装飾は無論凄いのだけど、誰も気に留めない刻まれた文字の濃さに歴史を感じてしまうのは、
ちょっと職業病かもしれない。
月別: 2006年7月
京都迎賓館参観
〆切ギリギリです。
興味のある方お急ぎください。
京都迎賓館一般参観の募集について
姿を現せば
雨降りを気にしていたのに、降る様な降らない様な天気が続くばかりで、
じっとりと肌に粘り着くような空気がともかく気持ち悪い。
ただお陰で心配していたよりも現場は進んでいる。
現場に来て頂いた施主さんと男前な建物になりそうですね〜と言いながら型枠をさすり、
徐々に姿を現す様子を興奮気味に、現場の心配はよそ目にウロウロと見て廻る。
そのまま夕方から内装や家具の打合せ。
打合せ前に食事に誘ってもらい、続けて打合せのつもりが、
気がついたら時間が足らずで、焦りながら内装や家具の下打合せをした。
夫婦の意見が微妙に食い違い、さてさてどうまとめるか。
調整するのは骨が折れるが、いつかまとまり、どことなく家の持つべき特徴が現れてくる。
設計の間にまとめておくのは大切だけど、現場が始まってこそイメージも掴みやすく、
施主さんの要望が現実味を帯びてくるのが面白い。
建築家は大変:マイ・アーキテクト
建築家さんは大変である。
斎藤先生の講演会の後、先日はジャン・ヌーベルというフランスの建築家の講演会を聞きに行った。
フランスの、日本で言う安藤さんみたいな建築家さんです。
あんな仕事ができて、チョ〜きもちイイ〜だろうな〜って言うのが素直な感想。
世界中を股に掛け、という言葉がそのまま似合う仕事っぷり。
その昔ブルータスに紹介されていた記事を思い返せば、
(建築家だから?)朝は遅めでプールでひと泳ぎして、ブランチを取りながらミーティングを始める。
なんてウラヤマシ〜。
自分の事務所に本人のデスクはないらしい。
と言うか、あっても使う暇がないから必要なさそうですが。。。
今日は今日で、マイ・アーキテクトと言う映画を見て来ました。
ルイス・カーンというアメリカの建築家さんのお話。
すでに30年前に亡くなった故人だが、20世紀を代表する建築家の一人。
建築家は3人の女性を愛したが、建築に没頭する芸術家の家庭が普通の幸せを築いたとは言いがたい。
映画監督である2人目の愛人の息子が小さい頃にしか持てなかった父の面影を探しに、
また自分の存在を確かめに、父親の作った世界中の建築を巡る。
その先々で父親を愛する大勢の人々に出会い、尊敬と戸惑いが交錯する。
職業としてでなく、生き方として建築を選んでいる。と言ったのは斎藤先生だったか。
やっぱり建築家さんは大変である。
彼方
昭和35年に建てられた長屋のリフォームの解体工事現場で、
おそらく最初の住み手(だと思う)が、冬の寒さをしのぐために、
建物の隙間に新聞紙を詰め込んでいたのが見つかった。
状態の良いうちの一枚を拡げてみると、昭和44年5月20日の毎日新聞だった。
大相撲夏場所 大鵬1敗を堅持
中塚、決勝2ラン 大洋が胸すくお返し 大洋2-0巨人
竜、初防衛成る 日本ウェルター級 窪倉をTKO
三菱、古河くだす 日本サッカーリーグ
裏に返せば、
ギターを弾こう まんが*井上のぼる
日立ソリッドステートテレビ 新14型<マーク14>!! オートトランジスタテレビ
などなど
歳を取った職人さんが懐かしがる。
タタミの下にも敷かれていたようで、
写真は板と一体化してしまったカメラの広告。
これは写してくれと言わんばかり。
そんな記憶がまた、遠く彼方に封印される。



