こども園設計を通して

去年の11月中頃。
去年の12月中頃。
今年の2月中頃

写真は現在こども園でさせていただいている増築工事の模様。もう少しで完成です。
幼児トイレと給湯室を備えた子育て支援室と倉庫だけの別棟になります。

こども園(保育所)の仕事を初めてさせて頂くようになったのが、およそ14〜5年前から。その後次々と仕事が続いた訳ではありませんが、細く長く繋がっている感じです。
こども園の運営形態も様々なので一概に言えませんが、お付き合いさせて頂いている園は園長先生がそのまま経営者であるような施設がたまたま多く、意思疎通がしやすかったのは幸いでした。
それだけ先生が持たれる希望や方針が、ストレートに分りやすく反映されます。

  • 子供らにとって楽しい場所。居心地の良い場所。
  • 色とりどりな空間。木の香りのする空間。刺激を受ける空間。
  • 一方、先生が動きやすい施設。掃除がしやすい施設。などなど。

初めて仕事で訪れた園は、園内に一歩入ると、ダレ?誰のお父さん?何しに来たの? はだしの子供がすぐさま集まって来るようなワンパク系?。思わず、ひぇ!と驚いた事を思い出します。
次の園ではまるで逆。子供たちはみな制服をきっちり着ており質問の前にまず、コンニチハ!と言ってくれます。で、こちらもコンニチハ!と返す余裕を持たせてくれるオリコウサン系?。
子供たちの様子は、園の方針がどちらも端的に現れています。どちらが良い悪いではありません。度々に訪れるとそれぞれに感心することがあるのです。

そうした園の様子は設計の際にも、打合せのなかで方針や希望として現れます。
それは、住宅の設計で施主さんの希望や方針となんら変わりません。我がままもむちゃ振りも同じです。
事務的なところはそれぞれに違いはありますが、こども園設計も住宅設計も建物を具現化するところでは「人の住まい」。同一線上です。

お陰で住宅の設計と変わりない楽しさを感じさせて頂いています。住宅設計での経験をこども園の設計により反映させたいところです。いろいろな園、先生と出会いも楽しみです。
とは言え、自分が幼稚園通いだった頃にどんなだったのか? 全くもって思い出せません。

気分だけのDIY断熱工事

 わが家は築ん十年になる住まい。よって造りは今どきの省エネ住宅からほど遠く。断熱材はあって無いようなもの。良く言えば、四季折々の寒暖感じる住まいです。冬ごと嫁さんは、家のアチコチで寒さ対策をアレコレ模索している始末。

 ケンチッカでしょ。アンタもなんか考えなさいよ。
 施主様がツノを立てる前に、気分だけのDIY断熱工事を提案してみました。

 居間にしている和室押入れ内の外壁と床の面がとっても冷たい。締め切った押入れを開けるたびヒンヤリ空気が流れてくるのが分かるほどです。そこで、その床面と外壁面に薄い断熱材をはめ込んでみることにしました。

 日曜日、ホームセンターで厚み3センチほどの板状断熱材を買って来ました。採寸して切り出した断熱材をはめてみると、ピッタンコ。我ながら良い施工。断熱材はピタピタにするのが肝要です。フトンの隙間を想像してください。

 ん、おや、これだけでもなんか違う。冷たい感じがだいぶ無くなってる。断熱材ってスゴいね~。とても設計士と思えぬ素人な感想。施主様もご満悦な様子。

 と、喜んでも断熱の抜けが多すぎる事は分かっている。部屋が暖かくなったかはななだ怪しい次第。それでも明らかに冷たい空気が流れてきていたところが止まっただけで、随分違った印象になりました。

 今回使った断熱材は、押出法ポリスチレンフォーム断熱材1種b(C)というボード状のものです。熱伝導率 0.036W/(mk) で厚みは 30mm。性能で言えば最低必要クラス。これを省エネ住宅レベルにするには、厚み90mmぐらいを家全体に貼る必要があります。
 重ねて3枚貼らないと省エネ住宅には対抗できないのか〜。なんと、ほど遠い。

 コレに慣れてしまえば今の喜びは忘れさられ、施主様の要望は厳しくなるばかり。わが家の断熱工事は、まだまだ続きそうかも。

オイルヒーターの置場について(わが家の場合)

 ひと月ふた月前、嫁さんが義姉さまからオイルヒーターをもらって帰ってきた。モダンな暖房機に嬉々とする嫁さんに、いやいや待って、どこ置くの? って話になった。

 わが家は築そこそこ年の木造住宅。天井裏、屋根裏から見える断熱材はぺらっぺら。寒暖をものともしない高気密高断熱省エネ住宅にはほど遠く、寒暖を楽しむ気概のいる季節共生型住宅なのだ。もうお分かりの方はいらっしゃるだろうが、まともに使えばアッと言う間に電気代は跳ね上がり、立派な暖房機は押入れの奥へお蔵入りとなるに違いない。エコモードなんてスイッチも役に立つあろうはずもない。

 トイレにでも置いとくか?

 わが家で一番小さな部屋である。試しに使うにしても、電気代を気にせずいられるだろう。安易な発想。

 輻射熱暖房機のなかでもオイルヒーターは特に、寒いからと言って入り切りしながら局所的に使うものではない。基本はつけっぱなしにして、床壁天井四方八方にくまなく熱を伝え部屋全体を暖める。なんとなく「ほんのり暖かく」寒くない環境にすることが一番の理想である。手をかざしながら正面を陣取る石油ストーブのような使い方は、基本的に向かない。というかフルパワーにしないと満足できなくなる。
 そういう暖房の考え方だから、断熱材のしっかり効いた省エネ住宅でないと床壁天井の熱がどんどん外に逃げてしまう。結果、季節共生型住宅だと電気代がいくらでも掛かるうえに満足できない事になり、お蔵入りは必然。

 鉄筋コンクリートマンションで、オイルヒーターを使ってみたが思うように暖かくならないのは、冷たさを蓄えたコンクリートの床壁を暖めるにはそれなりの熱量が必要になってくるから。外気にさらされたコンクリートから伝わる冷たさと、輻射熱で伝える暖かさの対決のようなものである。部屋の位置などいろいろ条件が絡んでくるので、マンションが必ず寒いわけではもちろんない。外気に面する部分が多いほど暖まりにくいのは、体感でもよく分かる。
 外断熱で外気の冷たさを遮蔽したコンクリート建物ならゆっくり蓄熱させながら使うことができる。きっと快適な環境にもなるに違いない。それでも日中を留守にして節電のためにヒーターを切ってしまう生活だとうまくいかないのである。

 冷暖房の機種選定というのは、建物の構成に断熱方法や性能、そして生活スタイルとのバランスが考えの要になってきます。うまく機能させるには、多少の試行錯誤が必要と思うほうがよい。

 さて、オイルヒーターに占領されたわが家のトイレ。実に快適。
 夜中や起床すぐ、トイレに入って身震いする必要がなくなったのは、正直嬉しい。オイルヒーター据付け前、嫁さんの後に追いかけトイレに駆け込んだら、アッチアチのフルパワー暖房便座にビックリしたことも度々でしたが、近頃はありません。一畳ほどのトイレ空間で最低温度の設定にしながら使っているので、電気代に目をむくことも無さそう。もちろん、つけっぱなし。トイレにオイルヒーター? もったいないと思うなかれ。

 わが家のトイレは、現在もっとも居心地よい空間になりました。

ランマ付の掃き出し窓

 わが家の間取りはすこし昔風なところがあります。内縁(うちえん)とも言える1間の廊下を挟んで、食事も就寝もしている主室のタタミ8畳間があります。8畳間と廊下とは障子で区切られ、廊下には掃き出し窓がついています。そして、障子と掃き出し窓にはそれぞれ小窓の「欄間(ランマ)」が付いています。

 朝起きると最初の仕事は、掃き出し窓の雨戸を開けて、ランマの小窓を開けること。廊下の奥は台所とつながっているので、朝食の用意や、弁当の支度を始めて換気扇を廻し始めれば、小窓を開けないと排気がうまくいきません。小窓を閉めたまま魚を焼き始めようものなら、たちまち家中に焼き魚の匂いが立ちこめてしまいます。

 なぜそんな事になるかと言えば、今ごろの住宅では必ず付ける24時間換気などの給気のための開口がないからです。ですが、ブロロロロッと廻る換気扇の風量を思うと、直径10センチの換気穴が一つ二つで給気は足らないのでは?と正直思うところ。朝夕の食事準備の前、小窓必ず開けて新鮮な空気を入れる行動が、わが家では当たり前の日常になっています。

 掃き出し窓の向こうには、小さな庭を挟んですぐ公道です。しかしランマは目線の上にあるので、全開しても道行く人の視線は気になりません。向かいのお宅の2階からだとどことなく覗けなくもありませんが、ほとんど気にならないぐらいです。ランマのお陰で、心地よい季節なら気持ちよく窓を開けて過ごすこともできるのです。
 エアコンを掛け始める前の初夏なら、掃き出し窓と8畳間障子の両方のランマを開ければ、主室にも適度な風が入ってきます。こうした季節なりの使い方ができるのは、どことなく家と共に暮らしている感じがします。

 そんなこんなで、わが家の「ランマ付の掃き出し窓」をとても気に入っているわけですが、なぜだか、人様の住まい設計に取り入れたことがない! 昔風のすこし野暮ったいイメージが無くはありませんが、窓のカタログでは何度も目にしていたはず。なのに、これまで図面に落とし込んだことが無いことに、今更気がつきました。
 しかし、最近の窓カタログでは見た記憶が乏しい。改めて確かめてみると、昔からある窓シリーズにこそあれ、最近のシリーズ(特に断熱性を謳う窓)には記載が見当たりません。

 気になって某メーカーのHPから問合せてみると、「誠に恐縮ですが、ランマ付引違い窓はご用意が無いのが現状です。販売量が減少した為、廃番となってしまいました。」との回答。別メーカーで問い合わせても、「(××シリーズであれば)装飾引違い窓を段窓して頂く事にてランマとしてご使用頂けます。採用して頂く予定の窓サイズによって制作可否が変わってまいります。」との回答。
 んんん、ともかくほぼ標準では無いということだ。回答の通り需要がないのか。はたまたメーカーサイドの製品絞り込みなのか。それとも断熱性能が確保しづらい形状だからなのか。採用においては不用意に描けず、確認と注意が必要にならざるを得ない。

 これまで自分の設計にセレクトしなかったとは言え、定番商品な気がしていました。それが、無くなるとは思いもしなかったことです。設計上で替わりの工夫はあるでしょうが、自分が実際、便利に思っているので寂しいばかりです。
 わが家のランマ付引違い窓はいずれ遺物となるのでしょうか? 換気の事がコロナ関連のニュースで毎日取り沙汰されるこの時勢に、復活はないのか? 密かに期待するばかりです。

建築物省エネ法の講習会に参加してきました。

省エネ講習会資料

 去年の秋ごろ物々しく国土交通省から封筒が届きました。建築物省エネ法が改正されるから講習会に来て勉強しなさい。と言うものです。強制では無いですが、小心者の私は仰々しさに怖じ気づき、去年の暮れに住宅関連、今年に入って非住宅関連の省エネ講習会を受けました。

 広告に高断熱高気密と謳い文句をよく見るようになり、新築住宅の断熱性能は以前よりも向上しているはず。しかし先進国の中ではまだまだ基準値が低く、断熱後進国と呼んでよさそうです。全てでありませんが、日本ではどちらか言えば断熱に対する意識の低さがありそう。

 想像するに、四季に恵まれた日本で暮らすと、寒い地方はともかく一年を通して充分過ごせる環境が各地にあるからでしょうか。性能のよいエアコンもすぐ買いにいけるし、夏や冬をちょっと我慢すればそこそこ過ごせる。はたまた暑さ寒さを感じてこそ日本の住まい。みたいな感じでしょうか? 設計者だけでなく、建築主である住み手もまだまだそんな意識を持つ人は多いのだと思います。

 それはそれも間違いでないと、実はどこかで思っているフシが実は私にもあります。もちろん普段の設計では、真面目に省エネ計算もしています。反面、懐古主義かもしれませんが、夏は陽を遮り冬は陽を取り込む軒の深い家などなど、季節と共生する住まいのあり方にどこかロマンさえ感じています。
 しかしそんな理想になかなか届かず、屋根壁に一体どのくらいの断熱材を入れるべき?などなど、制度に負けて暗中模索に設計しているのが現実です。

 もちろん国交省の講習はそんなロマンは関係ありません。話を聞きながら感じるのはむしろ、CO2排出の削減に世界から立ち後れる日本の現状を打開するためにも、建物の省エネを推し進めなければなんともならない。という偉いさんの切実な願いもあるような気もします。
 来年の改正後には住宅建築のほとんどで、建築士から建築主へ省エネ対応の計画内容を説明するのが義務。だそうです。また、煩わしい省エネ計算を避ける住宅建設の従事者に、より簡単な算出で断熱性能を満たせる計算法を提示しようとしています。
 あれこれ指導は面倒くさいから、自然と省エネ住宅に流れて行くよう誘導する苦肉の策も見え隠れしています。

 学生時分、京都の冬の朝は布団の中でモジモジするのが楽しかった思い出。
 今現在、冬は年々暖かくなっていると感じます。今年の西宮の冬、息が白いと感じた日がまだありません。
 設計を始めたころ断熱は冬の話と思っていました。地域にもよりますが、今はどちらか言えば夏の話と捉えることが増えました。高断熱な住宅を計画し現場や完成後に実体験すると、正直心地よいと感じることも確かに増えました。日本の家の住まい方は、自分の思いと無関係に変わっていきそうです。

材木も魚と同じ?なのだろうか。

 今日は材木屋さんの営業が来られた。これまでいくつかの物件でお世話になった方。ただいつもと違ったのは、頂いた名刺に書かれた会社名。
 あれ元にいらっしゃった会社は?
 実は倒産してしまいました。
 エ!本当に?
 驚きを隠せない。幾人かの営業さんがいた家族的で小規模な会社だが、こだわり商品を揃え、どの方が営業に来ても手作り感あふれるカタログやチラシでいつも紹介をされていたのが印象的。社長が全国を巡って見つけた良質な材をその土地の製材業者さんとタッグを組み、産地直送的に現場に届けてくれる良心的な会社でした。営業さんは時間を惜しまず納品した物件の後日談などもよくされたり、売りっぱなしの商社的な印象がありません。
 ですから、普段から出来れば使いたいと思う会社のひとつだったのです。

 近頃は材木の値段が逆転しています。以前は安いと思っていた外国産の木材が伐採の規制や運搬費用の嵩みで値上がり、対する国産の杉・桧の値段が下がってきています。以前のイメージと違い、桧材で建てる家が必ずしも贅沢とは言えなくなっているのです。
 今回は金額が厳しいからナニナニでいいよ。と現場で言っていたのが、それならスギヒノキにしてもらえませんか?と返されるのです。

 折角こだわりの家を建てるのだから、ちょっと高くてもドコソコのナニナニフローリングを使おう。と言っていたところが、今はヒノキのフローリングが手頃に使えるとなれば、そりゃあヒノキで充分だわ。と思うのがフツーな施主さんや設計者の心情ではないでしょうか?
 そうすると、こだわり地方材もその煽りを食らったに違いありません。

 例えは変ですが、アジ・イワシ・サンマ。庶民の味方とばかり思っていた魚(外国産の材木)が、気がつけば高級魚になっていた。漁獲量と魚の値段の関係にちょっと似ているような気がしました。

 今日来られた営業さんは、先の会社の材木の販売を引き継がれて、その案内に来られました。やはり手作り感あるカタログを携えてです。
 まだ倒産や引き継ぎのことを知らない設計者も多いようでした。
 一般の人が地方材に興味を持ってもらうにはこんな営業アイテムを揃えたらどうですか。とか。こんな案内を用意してもらったら、周辺の人には伝えやすいです。とか、お節介な事をついつい提案してしまうのでした。

手で感じ、手で考える。

コンピュ〜タ〜に囲まれて〜。独立してからずっと設計図面はCADを使って描いている。それまで勤めの間はT定規に勾配定規を使ってせっせと図面を手描きしていた。今となると、コンピュ〜タ〜なしに設計の仕事をこなすのは心許ない状態になっている。手描きはアバウトなところも多いが、伝えたいことを伝えやすい。CADは正確に描けるが、正確ゆえに細かなことに気をとられ大切なところを見失う。そんなところにiPadが現れてちょっと様子が変わる。便利さに負けて基本の図面は相変わらずCADだけど、現場に入ると納まり図や打ち合わせ図は手描き図をスキャンしたり、直接iPadを使って手描き(風?)が増えるようになった。どことなく、自分なりにはバランスが取れている気がしている。いろんな意味で手数だけは増える時代の流れはそれなり素晴らしい。

コンピュ〜タ〜に向き不向きや好き嫌いもあって、今も手描きにこだわる設計者は案外多い。と言っても、手描きは手描きで得手不得手あるので、どちらが良いとは一概に言えない。そう分かりつつも、この仕事を始めるなら手描きからスタートするのが良いとやっぱり思っている。自分はまだまだ古いタイプなのかもしれない。そうした意図でないと思うが、建築士試験も未だ手描き。これが無くなったら、一度も鉛筆で線を引いたことがない設計者や建設従事者も現れるのだろう。

いらぬ懸念はエエ歳になった設計者の勝手な思いかと思い始めていた。がつい先日、現場の大工さんと立ち話をしていたらそうでもなかった。今の木造工事では、柱や梁の加工はほとんどがプレカットと呼ぶ機械加工による。専用のCADによって、それまで大工仕事の基本であった刻み仕事のほとんどがアレヨアレヨと寸分たがわぬ勢いで加工されていく。それはそれで見事なもの。最近は、3次元CADによって大工さんでないと出来なかった複雑な仕事も、難なくこなすようにもなってきている。若い見習いの大工さんを指して、あの子らは墨付けも刻みもやったことがないんだよね〜。大工はいなくなるよ。

和室押し入れのタテ枠を触りながら、コレ触ってみ、既製品の枠やけどちょっと膨れてるやろ。そのまま上を見上げ鴨居との突き合わせを指して、それが分からんとこうもピッタリならんのや。見事にくっついている。今の子は数字だけ追っかけて、隙間が出来てもなんでか分からんし、気にしよらん。そんなこと気にしとるからワシは手間かかるんやけどな。アハハ。

手で感じ考えないと分からない部分は、いくらコンピュ〜タ〜が良くなっても操作する人間次第。自分の手で描く図面に近づいたり離れたり離れたりする体感は、左手一つでズームイン/ズームアウトするのとは訳が違う。見た目のデザインだけなら、どちらでも良いのかもしれないが、本来必要な五感を使った仕事やデザインは手からしか生まれない。まだまだそう思い込みたいエエ歳になってきた設計者です。

内覧会|伊礼智「自然につつまれる家」

自然につつまれる家

日曜日、設計仲間からのお誘いを受けて住宅の内覧会に出掛けました。
設計は伊礼智氏。小さな住宅を数多く手がける建築家さんです。雑誌や本では良く拝見していますが、実作を拝見するのは初めて、とっても気になっていた建築家さんの一人なので、楽しみにしながら伺いました。

この日はお天気も良かったので、いつまでもぼ〜っと出来そうな居心地でした。
今回拝見した住宅は、施工された松彦建設工業さんのモデルハウスとして建てられています。左官を得意とされるだけあって、内も外も多くは左官仕上げ。併せて吉野の杉や檜がふんだんに使われ、久しぶりに爽やかな落ち着いた住まいを拝見した気がします。
写真で見たイメージと実際にうける印象はなかなかピタッとはいかないものです。想像以上に良く感じるときと、がっかりしてしまう時があります。今回は前者でした。こうした機会を逃さず実物を体験することは、やはり大事ですね。ようやく伊礼氏の手がける物件を実感できたこと、且つがっかりしなかった事で、後に本で拝見する時にはずっとリアルに想像できそうです。

楽しみが増えた気がします。

セミナー:安藤忠雄「生き残りを賭けて」

安藤忠雄アイカセミナー

昨夜、ヨメさんが行きたいと言った事もあり、応募に当たった安藤忠雄氏のセミナーに行きました。建築関係のセミナーはボチボチと行っていますが、建築家の講演会はこの以前に行ったのがいつか思い出せないくらい久しぶり。それでも安藤氏の講演会は、過去3度くらい行っているはずで、最後は書籍「連戦連敗」出版の頃になる。

どことなく”あまのじゃく”になり、建築家の話に素直に耳を傾ける事ができなくなっているところも無いと言えない。に関わらず、気がつけば安藤忠雄講演会には都合4度目。建築の仲間うちでも、安藤忠雄氏の仕事を諸手を上げて評価するのをあまり聞く事がない。でも、「安藤さん」なのだ。コレは考えるもなくスゴい事。今回も適当に聞き流しておこうなんて未だに斜交いな態度であったはずが、話が始まって約2時間の講演に眠気も無く最後まで聞き入ってしまった。なんて話上手なのだろう。

大抵建築家の講演会と言うと、よく分からない単語が並んで話半分も理解出来ない。ことが多い。抽象的な比喩が並び、具体的なイメージをすぐに連想出来ないからだ。しかし、日本だけでなく世界でも一番有名な建築家・安藤忠雄の話は壮大なスケールでダイナミックだけど、具体的であり、身近な出来事も話に交え非常に分かりやすい。これがまた、「安藤さん」たる所以に思えなくもない。

日本の未来を想う話、政治に任せず各自が自立し挑戦せよと言う話。事務所設立頃の話、六甲の集合住宅一連にまつわる話。そして近作の話と続き。そして、そろそろ会場の人も聞くの疲れたかな〜と雰囲気漂い出した頃、「ありがとうございました!」と、スパッと切り上げる様に、帰り道のヨメさんは思わずカッコイイ!と絶賛しておりました。
確かに「生き残りを賭けて」とは、その話の中身よりも、この話しっぷり、見事なパフォーマンス、そして潔さ。安藤さん自身の「立ち姿」そのものなのだと想う一瞬でした。

ヨメさんはさらに馴れ馴れしく「あんちゃん、あんちゃん」と、まるでアイドルのようにように呼んでおりますが、建物をそんなに知っている訳ではありません。旦那の職業もあって、他の建築家さんの新聞記事やテレビの番組も見ていますが、「あんちゃん」に到底及びません。
会場が溢れて、ロビーのモニターで講演を聞いていた人もいたそうです。あらためて、建築家「あんちゃん」の人気ぶりと影響力に驚きます。

広い視点と狭い視点を行ったり来たり。

昨日は快晴でしたが、これからしばらく雨が続くそうです。嫌な季節です。プレゼンのひとつが一段落ついたので、昨晩は事務所のスタッフと近所の居酒屋へ。今朝はちょっと寝坊して出勤したものの、ぼ〜っとする訳にもなかなか行かず、ぼやけた頭のまま実施計画に掛かっている図面を進めているところです。が、これがなかなかどうにも思う様にまとまらず、日々悩んでいる最中です。

間取りはほぼ決まっているのですが、真壁の木造で現しになる骨組みを見せるには、ああでもないなこうでもないなと頭の中でできあがりのイメージを想像し、図面をあっちこっちに移動して描き進めています。今描き進めているのはいわゆる伏図や軸組図と言う構造図面のようなものですが、見せ場はほとんどこれで決まるので、どちらか言えば意匠図のようなものです。なので、これらがしっくり来ないので次ぎのステップにどうも進めずにいます。建物全体と部分の詳細とほぼ同時にイメージが固まらないとなんだか気持ち悪いのです。

近い内に大工さんにも見てもらいたいし、構造設計の打合せもこれからの予定なので、恥ずかしい図面も描けない。まずは自分が思う意図を伝えられるようにしないと、曖昧なままではやっぱりバツが悪いものです。そんな訳で今はぼちぼちとイメージの基礎固めなのですが、どちらか言うと卍固になっているのかも。

たくさんの型ガラスで肩こりました。

昨日は建て替え計画を進めている解体前の古家で、某テレビ番組の匠のごとく、沢山残るガラス障子にはまっている型ガラスを一枚一枚外す作業を一日中していた。今はおそらく手に入らないだろうチョッと変わった模様の型ガラス。解体されて粉々にされてしまうのは余りに忍びなく、新しい建物にいくらかでも使いたいと思い、施主さんに都合をつけてもらってせっせと寄せ集めた。古家に愛着を持つ施主さんにもきっとよい思い出になる。大きなガラス板はないが、おそらく使い切れないぐらいの枚数にはなっただろう。なかなか出会えないこうした経験を楽しませて頂いている。実は本日、背中や首筋が筋肉痛でクタクタです。

今日はたまたまネットで調べものをしている最中、以前の勤め先でお世話になった施主さんの屋敷が解体されていた事を知った。しかも半月前にもならない話だった。その建物は著名な建築家が設計した住宅で保存を惜しまれていた。なので偶然知る事ができた訳だけど、当時に何度か建物に入らせて頂いて、なかなか見る事ができない重厚な造りにキョロキョロしていた事も思い出した。ネットで見た解体の様子に少々ショックな気分。跡地はマンションが建つような記述も見つけ、さらにやり切れないものがありました。

他にはつい最近、お世話になった先生の自宅が建て替えられる話しがあった。ここもまた立派な日本建築だっただけにごく普通のメーカーさんにお願いされるので、身勝手かもしれないが残念な気がしてしまう。自宅そばの立派な白鹿の工場も今は無くなって、だだっ広い更地になってしまった。

古いものが新しいものに入れ替わるのは避け様の無い事ですが、今回ガラス板を残せるのは本当にシアワセな気がします。うまく使ってあげたいです。

リアルな木目柄シート材に圧倒された。

雨の日は賑やかに

今日の午後に雨降りの中、面材メーカーの営業さんがやってきた。えらく元気な口調に少々食傷辟易しかけてきたところ、カバンから取り出したサンプルに驚いた。カタログはまだ揃ってないのですが、新しい木目柄のシート材です。。。

取り出したファイルに挟まれているのは、まさしく本物の突き板のサンプルかと思えるような素晴らしい出来のニセモノだ。思わずスゲ〜〜ですね。コレ!?と驚嘆してしまった。あんたマジシャンでっか??これは一体なんなんや。日本人ってホンマすご〜い。一体何を求めているのだろうか。木目がリアルにプリントされているのは当たり前で、肌合いの凹凸がシンクロして再現されている。触っても本物?と思いそうになる。バーチャルとリアルの境目が本当にない精巧な3Dとしか言いようが無いのだ。

本当に高価な銘木を目の前にすると、多分本物どうか疑ってしまうに違いない。適当にひん曲がった安物の品の方が、きっと本物と思い込むに違いない。前の事務所でプリント天井板を長いコト本物だと思い込んでいたり、新しい事務所の聚落壁がクロスであることをすぐに見抜けなかったり、エエ加減な設計士だからエラそうな事は書けまい。と思うけどやっぱり書きたくなる。こんな世界で育ったコドモには、ホンモノだとかニセモノだとか、まるで意味が無くなる様な気がする。オトナの嘘や見栄に塗り替えられた間違った世界に、何も知らずのめり込む様な危機を感じる。やめようよこんなこと。

なのに悲しい設計士は、そう書きつつも節操なく使ってしまいそうになるのです。。。う〜ん。生きるべきか死ぬべきか。とってもムズカしい問題です。

順々「和」が分る様になりたい。

滋賀坂本・竹林院

手掛ける物件にどことなく木造が多くなって来たからなおさらだけど、どことなく「和」と言うのものに興味が向いています。もちろん以前から和風の家には興味があるのですが、今自分に出来るのはせいぜい「準々・和風」ぐらいでしょうか。ええ歳になったころ、ちゃんとした「和」ができるようになりたい。「和風」でも「純和風」でもなく「和」。むろん茶室とか書院とか日本建築の体系を理解し具現できるようになる事ももちろんですが、「和」とは何ぞを体現できる何かを掴みたいと思っています。

ですが、たまに訪れる「和」の空間を見る度、余りに通り一辺倒でしかない自分を恥じるばかりです。

模型も3Dも素朴な方がいいと思う。

西宮港の河口付近
西宮港の河口付近

昨日は西宮の市内でも雪が積もりました。何年ぶりでしょうか。今日は久しぶりに夕方から模型を作りました。小さなものだけど、模型の制作はほとんどスタッフ任せだったので、本当に久しぶりで少しばかり楽しかった。

学生時代はバイト先で明けても暮れても模型を作っていた。ご指名状態で次々と頼まれ喜んでもらえるから、難易度の高い模型ほど精度に命を掛けていた?のを思い出す。材料もふんだんに使ってどんなに金の掛かった模型だったのだろうかと、思い起こすとちょっとゾっとする。バイト先ではそうして模型ばかり作っていたのだが、リアルになればなるほど飽きがきて面白みがなくなる。お陰で学校の授業ではあまり作らなかった。どちらか言えば図面やドローイングが中心になったのは、バイト先の反動だろうか。

先日3Dの事を少し書いたが今どきは、写真と見まがうほどの恐ろしくリアルなコンピュータグラフィックが仕上がる。しかもバーチャルな空間をウォークスルーでスルスルとすれば、模型の必要がなくなりそうな気配になってしまう。ゲップが出る程に見てしまえばもうリアルな建築はもうイラナイ気分になってしまいそう。

経済的な理由でうちの事務所にはそこまでのものは無いのだが、むしろその方が良い。やせ我慢かも知れないが、想像力たくましく一生懸命イメージを膨らませる方が出来上がった時に感動があると思うのです。いまのところ、そういう事にしておいてください。

的中された高気密・高断熱への誤解?

不動産屋さんとの仕事に関わって、ある意味、設計者が如何に情報に無頓着かであるかを感じることもある。商品として売れるためには、何を取り入れ、何を切り捨てれば良いのか。無用な意匠にこだわる設計者よりも、ごく当たり前にユーザーニーズに応えようとしている。もちろん、別な面では眉をしかめたくなる事もある。
どちらが正しいと言うものではないけれど、 設計者であれ、不動産屋であれ、見る側面は違えど正しい情報、正しい知識を身につける事は、当たり前な事だと思う。

なのだけど、今日は完成後の手直しで雄琴の物件への行き帰り、高気密・高断熱の本を読んで、なんて浅はかな知識でいた事をまたも思い知る。事務所で断熱材の話題になり、その後たまたま見つけた高気密・高断熱に詳しい設計者のホームページを読み、とても気になったので、その方の著作を中古本で仕入れ電車のなかで読みふけっていた。

関東以西の設計者にありがちな高気密・高断熱への誤解。。。そんな風に書いている著者の文言にいくつか自分自身に思い当たるフシがある。おっしゃる通り誤解していると言われても仕方がない気がした。
しばらく、高気密・高断熱のお勉強をしてみようと、思った本日でした。

究極の「100年住宅」のつくり方」野平史彦(ぱる出版)

バラック好きな建築家?

タイトルをそのまま読むと建築家は皆、バラック好きの様に思われそうですが、もちろんそう言う事はありません。バラック建築(と言うべきか?)が好きな建築家もいると言うだけです。その中に自分が含まれているかと言えば、自称すればそうかもしれません。いえ、何を隠そう実は結構バラック好きです。

バラックと言ってもいろいろあると思いますが、本当にバラックと言うよりバラックっぽいものが好きと言った方が本当かもしれません。古びた小屋だとか、レトロなアーケードだとか、市街地の増築を繰り返した住宅だとか。公然とバラックなんて呼んだら失礼なものもありますが。。。建築の法律に照らし合わせると、もしかしなくても違法?みたいなものは、実際世の中に沢山見かけるはずです。しかし、そうしたものについ惹かれる傾向があることを否めません。

しかし、僕自身を含めバラック好きな建築家にバラック建築は設計できません。バラッキーな建築作品と呼ばれそうなものはもちろんありますが、やはりそれはホンモノではありません。バラック建築の多くは、おそらく、たぶん、設計図はないのですから。もしあったとしても、時間の経過によって元々の設計図が意味を成さなく無くならないとバラック建築として成立しないと思うからです。
設計図に描かれた材料を揃えて構築されるのでは無く、その時その場で手に入る材料を工夫して使う。設計図にいくら丁寧に描かれていたとしても、機能的に使いにくいから(場合によれば、使いにくたって本人の意思により)自由に移動させられる。そんな無秩序でありながら、実は意味のあるものにならないといけないからです。設計者がいくらバラックっぽく絵に描いたとしても、法律に縛られたり、数字に縛られたり、実際の生活者や使用者の真の要求に応えられる訳がありません。またそれは、個人とは限らないこともあります。
理屈をいくら浮かべても、 そもそも設計士として活動する人間が、秩序は無く意味のあるものを理解できると思えないのです。法律やら工学やらを仮にも勉強している人間が、それらを無視もしくは否定しながらものを作るのはきっと苦痛です。ちょっと整理が苦手なことと、無秩序であることは、まったく次元の違う話だと思うからです。

だから憧れるのかもしれません。人が生活するなかで発生する生きた建築の要素こそが、僕が憧れるところだからです。本質として人の泥臭い部分かもしれませんが。
街を歩いればときどき釘付けになる古い建物があります。なぜか凄みのある、そんなものが作れる筈は無いと知りながら、やはり憧れています。 

しかし、そうした建物や施設はつぎつぎ取り壊され無くなって行きます。レトロ趣味なだけかもしれませんが、見過ごされるそうした遺産を少しでも記録しておきたいなと、最近よくそんな思いで眺めています。

ホンモノとニセモノの境目は?

建売住宅や分譲住宅の設計の手伝いしてみて、工業化とか製品化と言った言葉と、手作りとか職人技と言った言葉が以前に増して引っ掛かるようになりました。直接依頼を受けて委託物件の設計をしていると、建物のアイテムはひとつひとつ作らないとイケナイと言った義務のような気持ちが働いて、寝る間も惜しんでホンモノを目指そうと意気込む事もあります。もちろん自分なんかより数倍、数十倍の労力をかけて設計をしている建築家は世の中に大勢いらっしゃいます。なので、恐れ多くも自慢の話ではなく、むしろ勉強も労力もまだまだ足りないことを切々と感じている今日この頃です。

ただ、いままであまり真剣に見たことが無かった既製木製建具のカタログを開いてみて、結構よく出来たデザインの物もあることが分かったし、メーカーによれば納まりのバリエーションが思った以上に揃っていることも最近驚いたことのひとつでした。既製品を使えば設計の自由度は無くなるという錯覚で、避けていただけに他なりません。もちろんオリジナリティという視点だけで考えれば、目移りするように見えてもやはり限界はあります。しかし、世の中の建設事情や住宅事情を踏まえ、トレンドを少しでも押え世の中のニーズに応えようと開発された商品だから侮る訳にはいきません。その傾向と対応の早さはメーカーにますます必要になってくるでしょうから、使う使わないは別に、こうした製品の動向も注意して見ておく必要があるように感じだしました。

木製建具は建築の要素の中でもデザインアイテムのひとつとして捉えやすいだけに、「既製品」というものにどことなく拒否反応を持っていたとも言えます。建物の外装で言えば、サイディングもそのひとつ。以前は正直安っぽい、なんだかプラスティックで出来た様なにテラテラ感が気持ち悪い。ニセモンはニセモンでしかない。みたいな偏見でいたのですが、最近の商品をよくよく探してみると、コレいいじゃんと今まで口にしなかった言葉が出てしまいます。自分が目を背けていた間に、技術はどんどん上がって知らなかっただけ。みたいな事になりかねません。製品としての性能も上がっているでしょうし、偽物を本物にしてしまおうとするメーカーの意欲は、見習うべき事も実は多いはずです。

細かい事を言い出せば、既製品無くして設計は出来ないともいえますが、取りあえず今は意匠的な話として。

話を少し戻します。既製品建具や家具の面材も本当によく出来ています。ウソっぽいのももちろんありますが、ホンモノっぽいのもあります。ポリ合板やメラミン合板と言った化粧のベニヤ板も同じで、昔のプリント合板とは比べられないぐらいに良く出来た物もあります。シートのものもあります。実際、自分の設計した家具などの中で本物の木とニセ物の化粧合板を並べているのに、自分が見分けつかなくなる事さえあります。ホントに。本物の木の部分で塗装が上手に出来すぎると、ますます見分けがつかなかったり。そうだとすると、例えば紙のような薄い単板(本物の木を薄くスライスした板)を練り付けた化粧ベニヤ板を使う意味はどこにあるのだろうか。とさえ思えそうになります。
その昔、事務所の天井板は(古い建物だし。。)本物の板と思い込んでいたのですが、大掃除のある時に近づいてみるとプリントが剥がれている箇所を発見し、自分の眼が如何に節穴であるかを知りました。

考えてみれば、薄い単板を貼った化粧ベニヤ板とて工業製品です。考えれば考える程、工業化(あるいはニセ物)と手作り(あるいは本物)の境界は曖昧です。エコロジー、自然素材、ホルムアルデヒド、地球温暖化などなど、関連する語句はますます増えてきそうです。技術にも材料にも工業製品と手作り品は入り交じっているのが多くの建築の現状だと思います。自分はどこまでの工業化を許し、どこまでの手作りを守るのか。それもまた建築を考える上で大きな要素になるのでしょうし、安易な事は言えないと実感しています。ただ勉強と経験を積むしかその対処は無く、でなければ自分のスタンスを施主さんにきっちり説明することが出来ないように思います。

写真の建物は外装とエントランスのみリフォームしたビルで、以前にデザインをさせて頂いています。茶色い外壁部分は元々はベージュっぽい塗装を施されていましたが、砂岩”風”樹脂シートを貼り直しました。下のまばらな所はスレート”風”タイルです。離れて見ると結構重厚感が出ています。黒のルーバー部分は、エアコン室外機の目隠しになっています。デザインと指示だけ渡しておいて、出来上がりを見たのは実は最近だったのです。思った以上によく出来ていました。(笑)

擁壁の上?崖の下?

土地探しをしている施主さんから、ウラの擁壁が気になるのだけど安全でしょうか?と質問される事が今までよくありました。街中の平坦な土地を探しても、意外に擁壁の絡む土地は多いものです。先日の記事()でも、奥の方に古めかしい石積みの擁壁が見られました。こうした擁壁は結構厄介なものです。

宅地造成の法律では「敷地の安全」が名目にあるだけで、これは「建物の安全」を意味するものではありません。この微妙なニュアンスはなんだかいやな感じです。その時代において標準的な建物の荷重を考慮して基準は設定されていますが、真新しいコンクリートの擁壁で囲まれているからそのまま家を載せても安全ですとは、詳細な設計を進めてからで無いと本当のところ分かりません。また、目的の土地が擁壁の上なのか、擁壁の下なのかで考慮すべき内容も変わってきます。

擁壁上の土地の場合。

現行の基準では、擁壁上の土地には上載荷重を最低10KN/m2 以上とされていますが、これは1m2 あたりにおよそ1tの重さを載せれると言う意味で、木造2階建ての重さをおおよそ想定した目安になっています。では建物の重さは?というと。

構造自重+積載荷重
木造2階建600kg/m2
木造3階建900kg/m2
鉄骨2階建750kg/m2
RC造2階建3,200kg/m2

この表は概ねのイメージですが、3階建てだと結構一杯ですね。しかもこの重さはしっかり厚みのあるベタ基礎などで平均的に重さがかかった場合です。そう聞くだけでも、なんとなく余裕の無い話だと思えてしまいます。なので、擁壁に近づく程建物の安全は損なわれると考えるのが妥当です。

少し郊外の切り開かれた開発地に行くと、見晴らしは良いのでしょうが、3階分ぐらいあるだろう高い擁壁の上に家が軒を連ねている事があります。同業者の仕事を疑う訳ではありませんがやっぱり怖い感じがします。 昔の石積の擁壁ならなおさらです。古い宅地の擁壁だと5KN/m2 以上という基準の時期もあります。単純に平屋が目安であり、まだ郊外では2階建てが少ない時代の基準だったわけです。その時は、まだまだゆったり建てれるイメージがあったのでしょうね。

擁壁下の土地の場合。

擁壁や崖が背中にあると崩れはしないのか心配になるものです。ところで建築の基準では、崖の高さと同じだけ逃げなさい。とあります。しかしそんなに離れたのでは、建てれる土地が無くなってしまいますね。しかし、もしコンクリートの裏ごめもない昔の石積みの擁壁があれば、同じことが言えます。

もし基準を満たした擁壁を背中にしていても、その擁壁の上に建物があるなら要注意。上の建物が杭など何の配慮も無しに建っているとすれば、その擁壁に建物の重さが掛かって微妙なバランスで成り立っているかもしれません。しっかり考慮されているのが確証が無ければ避けるのが懸命です。

ところで崖や擁壁は上から崩れると思われがちですが、実際には重さを抱えてスプーンですくう様に土が滑ると考えます。山間部の道路の崖崩れなどの写真を見ると、丸く削り取られたような事になっているのが分かる筈です。擁壁の上端あたりを中心に上の土地から下の土地まで根こそぎゴソっとすくい取るように滑る可能性があるのです。崖の高さと同じだけ逃げなさい。と言うのは話はそうした現象から考慮した話なのですね。
崖は上から崩れるとばかり思っていたところ構造設計の方にその話を教えてもらい、崖って怖いな〜と上ばかり見上げていると足下をすくわれるのだと知りました。

安全な土地とは?

盆休み前、今日は暑い中、遣り方(建物の配置決め)に付き合った。

掘削が済んだこの土地には、建売住宅が建つ予定。事務所ビルのリフォームをさせていただいたいなほ不動産(Inaho)が進めているプロジェクトです。実は庄司洋建築設計事務所初めての建売住宅。縁があってのお仕事ですが、やり始めてみると実は結構勉強になると感じている。そんな訳で、時たま進行状況はレポートして行こうと思っています。

そもそもこの計画に参加しようとしたのは、案内されたこの敷地がちょっと変わっていたからで、敷地は接道する道路面から擁壁をはさんで3Mほど下にあり、建売するには採算があまりよろしく無い。普通なら建売屋さんが見向きはしないだろう土地だったのです。どうも悪い癖かも知れませんが、面白そうな土地を見せられると、何となくやりたくなって来る。眺望がいいから捨てがたいけど、止めた方がいいですかね。それともなんとか出来ます?なんて、不動産屋の社長のうまい誘導とは分かっていても、やれますよ。面白そうじゃないですか〜。なんて、安易に応えてしまった。こういうちょっと癖のある土地は申請ごとが結構面倒になりがちだ。案の定、その後は走り回るハメになったのだったが、なんとかこうして着工の準備が始まった訳です。(その辺のいきさつもまた後々)

ところで写真で見受けられるように、奥には少し古そうな擁壁に頼り無さげな青い柱。お隣とは言え、ちょっと気になります。心配だからどけて、とも言えない。この付近は古い開発地で、いわゆる宅地造成の法律が出来るか出来ないかの境目あたりの時期に住宅地として切り開かれた環境です。で、結局法律以前の現行基準に照らすと怪しい擁壁が付近のアチラコチラにあるのが分かります。急な斜面なりに見晴らしの良い環境は得られるのですが、地震や構造に過敏なこの時勢では躊躇しそうな宅地が(大きな声では言えませんが)ある訳です。幸いこの敷地は若干手を入れれば、まだ安全な土地と判断できそうでした。

しかし安全な土地?とは何でしょう?その判断は、実はかなり曖昧なものだと思います。建物は人の手によって作られますから、噛み砕いてみれば、怪しいものは怪しい。これは大丈夫とほぼ正確な判断ができますが、自然の神様が作った土地はなかなかそうはいきません。造成された開発地の平らな土地なら安全?とも言い切れないことがあります。地盤調査をしてみたらユルユルスルスル。それを間近で見た経験からすれば100%安全な土地などあり得ない。と思うのが、正直な印象です。

今回の土地の地盤調査の結果は、・・・微妙なところがありました。地盤調査の会社の判断資料も、どことなく明言を避けた言い回し。いやな感じです。少しでも経費を下げたい不動産屋の会社の意図も若い監督の言葉から見え隠れする。しかし、地盤改良するのに50万程度かなとも判断できる。それだけで自分の家だったら嫌でしょ?と、話をして今日は終わりになりました。暑いから。

年の瀬に:石井修

昼頃、事務所の扉がガラっと鳴ったと思えば工務店の社長さんだった。
年末の挨拶ということで、カレンダー片手に突然の来訪。もちろんアポ無し。
久しぶりにお会いしたのでしばらく話をした。
工事をお願いした物件の話は花が咲く。
担当した監督さんや棟梁、大工さん、業者さんの工事中には聞けなかった身内の話。
そしてついつい、他に関わりを持たれている建築家さんの話。
そんな中で、社長の口から必ず出てくるのは故・石井修先生の話。
この工務店さんが石井先生の仕事を請け負う様になったのは、15年程前からの事だそうだ。
石井先生がすでに70を手前にした頃になる。
先生が大手建設会社を退職して設計事務所を開いた時には、すでに40を過ぎている。
西宮市目神山には石井先生の一連の名作が多く所在しているが、
自然と対峙、共存するかのようなシャープな印象を受ける初期の作品は、
すべて40を過ぎてからの仕事と言う事になる。遅咲きの建築家なのだ。
竹原義二先生が20代後半で石井先生の弟子になったのもその頃。
そして、石井先生は85まで仕事をされていた。
その年齢になっても、いや、なったからこそ、がむしゃらに建築と向き合っていたに違いない。
そう考えると、40を過ぎてしまった今の自分が、なんとガキンチョな事か。
まだ40年以上ある。話を聞いている内、少し恥ずかしくなった。
もうひとつ。
石井先生の仕事は、木、鉄、コンクリート、、、素材を出来るだけ自然な状態で使う事が多い。
おのずと新建材や工業製品を材料として使う事が少ない。
だからなのか、メンテナンスが実に少ないのだそうだ。
材料が古びても、それが味わいとなって住まいに同化し、交換する必要が無い。
石井先生と懇意になっていた方が、目神山の裾に工務店を始めたが、
メンテナンスではほとんど儲けにならなかった、と社長さんはその方から聞いたそうだ。
100年、200年住宅とは本来そう言うものでは?そこに、キーがあるのでは?
そんな話をしながら、2度恥ずかしくなった。
こうした石井先生のエピソ−ドは、社長さんの口から止まる事が無い。
最後に、そんな建築家は他に知らない。のだそうだ。
むろん予算あっての建築普請だが、それを口にしては罰が当たる。
本当は何がやりたいのか、もう一度考え直したくなった。
年の瀬に良い話を聞けたと思う。