アニメ映画「カラミティ」

同じような話題ばかり続いていますが、先日フランス発のアニメ映画「カラミティ」を観てきました。ちょうど去年の今頃に観た「ロング・ウェイ・ノース」レミ・シャイエ監督の新作です。
前作がとても良かったので、ついつい。期待を裏切らず魅せてくれました。

2作とも絵本がそのまま動くような雰囲気です。キャラクターの目鼻立ち以外ほとんど輪郭線がありません。どことなく「みんなのうた」に出てきそうなアニメーションです。キャラクターと周囲の描き分け、近景や遠景も繊細な色使いだけで表現がなされています。観はじめは見慣れない映像表現に目が行き勝ちですが、話が進むにつれそんなことはスッカリ忘れ、映画世界に引き込まれていました。

「カラミティ」は、アメリカ西部開拓時代の女性ガンマンの幼少時代をモチーフにしたフィクションです。実在したご本人は波乱万丈な生涯だったことが知られていますが、イロイロ訳ありな逸話が多く残る方だったようです。小説、映画、ゲームにまでなっていることを、全く知らずにいました。

そぎ落とされたシンプルな表現でありながら、ちょっとハード目なストーリー展開。量産される日本アニメではあまり観ることが出来ない気がします。アニメというよりも映画を観ている感覚になりました。

キャラクターの表現や存在感に重きが強い日本のアニメと一線を画していますが、それが観賞後の印象を薄くしてしまうようです。観終った直ぐあと一緒に歩き出したヨメさんが、主人公の顔を忘れてもた!。と言いよりました。
でも、いい映画と思います。

アニメ映画「ベルヴィル・ランデブー」

すっかり久しぶりの投稿ですが。。。
先日、18年前のフランスアニメを観に京都まで出かけました。

『ベルヴィル・ランデブー』
2003年に公開されています。が、この素晴らしいアニメーション映画を今まで全く知らずにいました。

ネットで見つけ、なんじゃコレ?と驚いたのは、昔からのお気に入りフランス漫画家ニコラ・ド・クレシーの絵とそっくりなこと。クレシーの絵が動いてるよ~。え?どういうこと?なんで知らんかったんや?とひとり勝手に慌てていました。

映画HPの解説にあるシルヴァン・ショメ監督の経歴を読んで、またひと驚き。
その昔、海外旅行でフランスへ行った折り、本屋でBD(フランス漫画)をアレコレ物色して数冊を買って帰りました。その中で一番お気に入りがクレシーの作品でした。が、そのクレシー漫画のひとつがショメ監督原案だったのです。

フランス旅行で漫画を買って帰ったものの(今もですが)フランス語は全く分かりません!絵柄だけは気に入って何度も見返してはいたのですが、お話はなんとなく想像していただけ。その当時、ドラゴンボールなどフランスで日本のマンガは人気でした。が、日本でフランス漫画や海外コミックを紹介されていることはまだまだ無かったと思います。時を経て10年程前、BDをはじめ海外漫画が良く紹介される時期がありました。その時クレシーも来日し日本の漫画雑誌にも寄稿しています。

買って帰ったクレシー作品の日本語版も出版され、その本もしっかり買って持っているのですが、実は折角日本語訳になっていた作品を読んでいませんでした。今回改めて見返すと、訳者あとがきにちゃ~んと書いてある。もはやファン失格です。

話が逸れましたが、『ベルヴィル・ランデブー』は素晴らしいのひと言です。古びた感が全くありません。18年前の作品とはとても思えない。映画の中の世界はクラシカルですが、表現はむしろ新しささえ感じます。CGも使われていますが、手描きの世界に違和感無く溶け込んでいます。映像にしても、ストーリーにしても、最近のアニメや映画で得られないアニメーションならではの「感性としてのリアリズム」が最後まで心地よい映画でした。


さて、その日の映画の後、嫁さんと鴨川のほとりで映画談話をしていたところ、手にしていたチーズパンをトンビにかっさらわれてしまいました。まさか2度も来るまいと思ったところに、再来襲!お間抜けにも連続で取られてしまいました。150円分ぐらいは持っていかれたでしょうか。パンを握ったトンビは悠々と対岸の木の中へ姿をくらましてしまいました。
漫画そのままのようなアニメ鑑賞日。皆様、鴨川のトンビには気をつけましょう。

アニメ映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」

 「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の劇場公開が終ると聞いて観てきました。実は2回目。一緒に行ったヨメさんは3回目。熱狂的なファンか?と問われると、そうでもない。エヴァンゲリオンを劇場で観たのはコレが初めて。

 TV放送もリアルタイムでは観ていなかった。きっかけが何か忘れたけど、ビデオを借りてひと通り観たのも随分後のことである。その時少し間盛り上がったもののその後はプッツリ。別な映画で流される新作公開宣伝フィルムを観るたび、なんだか前より映像凄そうよね〜なんだか前より面白そうだよね〜と気になりながら結局素通りしてきてしまった。

 庵野監督に注目していたわけでもなかった。むしろ得体のしれないオタク臭さ(失礼!)を避けていたかもしれない。奥様・安野モヨコ氏の漫画「監督不行届」をヨメさんが買って持っていたのだが、手に取らずまま。今ごろになって、そう言えば庵野監督の漫画無かったけ? ん、アンタ興味を示さなかったから古本屋に売ったよ、ヨメさんは結構あっさりしている。

 ゴジラ目当てで行った「シンゴジラ」を観て、作品よりも監督自身を改めて気になり始めたと言ったほうがむしろ正しい。庵野監督が取り上げられた某テレビ局のプロフェッショナル番組を観て、なんかわがままな建築家だなあ、スタッフご苦労様。と監督がさらに気になってしまった。エヴァの話の筋は正直忘れたけど、25年もの間、ずっと人を惹きつけてきた話の完結をどう締めくくるのだろう?何をするのか?しでかすのか?やっぱり観ておきたい。と正直思った。

 ありがたい世の中である。最終版公開前のネット配信でこれまでの劇場版3作を観て、予習を始めた。あ〜こんなお話だった〜気がする。2回ずつ観たぐらいでは「にわかファン」の装いにも充分でないが、真面目に「シン・エヴァンゲリオン劇場版」に臨んだつもりである。

 劇場版を観た1回目。正直何を書いて良いのか分からなかった。2回目。やっぱりよく分からない。
 ん、なんなんだろう?でも確かに面白い。
 どうなるの?どうなるの?と思わせておいて、さらに終っても、どうなるの?どうなってるの?と思わせる。イヤな監督である。
 でも25年を経て消化不良も便秘とも思わせなかった。凄い監督かもしれない。

アニメ映画「トゥルーノース」

 この映画を「アニメえいがのひとつ」と思って通りすぎてしまうのは、なんとも惜しい気がします。1週間前に観てきましたが、未だ衝撃的な印象が残っています。北朝鮮の収容所で生き抜く家族の物語。そうひと言で片づけるのは心許ないですが、実情をさして知らない自分がツラツラと語ることは憚られる。そんな映画でした。

 清水ハン栄治監督は、在日コリアン4世。現地取材をはじめ脱北者や元看守の方々へのインタビューを重ね、10年を費やして完成させたそうです。人々の心に留めてもらう為にもエンターテイメントとして観られるものに仕上げた、と言う監督自身の言葉ですが、正直とてもそんな気分だけで観終えることはできません。
 ストーリーそのものもありますが、ひとつひとつのシーンが非常に洗練されていることが分かり、表現として慎重にバランスの取れた抽象化がされています。それでもなお、重層な現実をオブラートに包んでいることがつぶさに感じられるのです。
 アニメーションとしてもとても素晴らしい作品だと思いましたが、この映画はドキュメンタリーなのか?しかも現在進行形なのか? そう思いにかられながらエンドロールを眺めていました。

 近くて遠い国。そこには同じ時間を生きているとは思えない衝撃とともに、自分となんら変わらない人々が生きている事を確信することも出来た気がします。

アニメ映画「ロング・ウェイ・ノース」

 久しぶりにどこまでも清々しいアニメーション映画を観ました。絵本がそのまま動いているような映像はどこまでも奥行き深く、素直に観入れるストーリーはどこまでも潔い感じがします。

 最近の手の込んだアニメや映画を観ると、その瞬間はワクワクどきどきオモシロ〜い!スゴイな〜と感心するのですが、なぜだか後に残りません。しばらくすると、アレ?どんなだったっけ?・・・スッカリ忘れている。だからと言って、改めて映画館で観たいと思うことはほとんどありません。ですが、今回のロング・ウェイ・ノースは見終わった瞬間にもう一度観たい気持ちに駆られました。エンドロールが流れた時には、あ〜もう終わってしもた。。。緻密なシンプルさ加減、アニメならではのリアリティが本当に心地良く、魅了され、すっかり時間を忘れていました。

 金太郎飴のようにどこを切っても素朴な美味しさが味わえる。そんな映画です。数々の賞を獲りながら完成から3年越しでの日本公開だそう。
 決して同じでありませんが、時代をさかのぼり幼いころに観た良質な東映動画を思い出します。映像の裏側で制作スタッフ全員がイメージを共有し、一丸になり作品づくりに打ち込んでいたのだろう。そんな様子をどこか感じさせる快作です。
 是非一度ご賞味のほど。

映画「センコロール」

センコロール

久しぶりにアニメネタ。

 たまたま先日公開のアニメ映画をネットで見つけた。まったく知らなかったけど、その筋では有名な2007年自主制作の第1作が、10年を経て第2作を連ね劇場公開になったと記事にあり、紹介の予告編動画もなんだか面白そう。早速にヨメさんと映画館に脚を運んだ。
 いろんなイメージが交じりつつも作者の画力でオリジナル感も充分、躍動感のある画面構成とスピーディーな話の流れで飽きることなく楽しめた。今風な表現だけど、アニメーションならではの静や動や変化の楽しさが詰まった作品でした。

 「君の名は」で一躍有名になった新海誠監督の出現で、自主制作な活動をしているアニメ作家にもスポットが当たるようになったとは思うのだけど、まだまだコアなファンでないとこうしたアニメ映画をわざわざ映画館まで観には行かないのだろうか? 公開2日目の日曜日最終回とはいえ、少々観客が少なかった。観て損な気がしない充分な映画だと思うのだけど、勿体ない気がしてならない。

 それにしても、映画館で見ごたえのあるアニメ映画をほぼ一人で制作したという作者・宇木敦哉氏の才能と努力に、ただただ驚嘆する。映画の内容もさることながら「やればできるかも」的勇気がもらえる作品だ。

「君の名は。」と「傷物語 Ⅱ 熱血篇」

こないだ特撮映画を観たばかりと言うのに、いい大人がふたりして昨日はアニメ漬け。

新海誠監督「君の名は。」に、いい大人がふたりして若者に紛れながら感動してきました。このアニメ監督さんは15〜6年前に商業アニメさながらのクオリティで自主制作アニメを発表し、そのスジで度肝を抜いた監督さん。と書くとなんだか聞こえが悪いですが、繊細な映像と物語を淡々と発表されてきたイメージがあります。いつも気にはなりつつ間の作品はほとんど観ておらず、たまたま「めざましテレビ」で放送された制作風景を見つけてムクムクと触発され、ヨメさん誘って行ってきたところです。
イメージ通りに美しい映像、切なくて素敵な物語、心地よささえ感じる話の流れにぐいぐいと引き込まれ、圧倒されたとしか言えません。ツッコミどころは探せばあれど、そんな些細な事はどうでもよくなるような完成度。見終わった後、方々から聞こえる感嘆の声に納得する自分がいます。

はじめの予定ではこの後「後妻業の妻」を観るつもりでいました。
ところが「君の名は。」にあまりに感涙したヨメさんから、タイム!の声がかかり、一息ついて、第二ラウンドをアニメに切り替えての鑑賞会とあいなりました。

傷物語Ⅱ熱血篇

「傷物語 第二部 熱血篇」コチラはコチラで(僕は)面白かったです。鑑賞後、ヨメさんからはイロイロとツッコミが噴出。そこのところは、観ていただかないとココでは書きづらいトコロですが、7ヶ月前に観た第一部の背景舞台に使われていた丹下建築が、今回二部ではどう扱われるかが僕には気になっていたばかりでした。
そこのところは今回も十二分に楽しませていただけました。今回のメイン会場は国立代々木競技場。その他の出演建物も実在したものばかりですが、ストーリーの展開に合わせて自在に組み合わされ使われている様は建築コラージュにも見られ、監督さんがどのように建物を読み取ったかを垣間見るような気がします。
なんて偉そうに書いてますが、代々木競技場に行ったことがないんです!!!

「君の名は。」にしても、「傷物語」にしても、なんともすばらしい空間表現を感じます。どちらの監督さんも「もし建築家になってたら」素晴らしい建物を作っていそうな。そんなアニメーション映画二本立てでした。

渋すぎなアニメの聖地?

アニメーション「傷物語」公式hp-制作陣

年末に飛び込んできたプレゼン仕事をようやく終わらせ、結果は天任せにするとしてホッと一息しているところです。今回プレゼンを手伝ってもらったH氏とお昼ご飯を食べて雑談中、正月息抜きに観たアニメ映画「傷物語」を思い出しました。すっかり書くタイミングを逸しましたが、ある事にインパクトがあったので、改めて。

何に驚いたかと言うのは、メイン舞台の一つとなった建物でした。映像全体に渡り、非常に丁寧に背景が描かれた作品ですが、どこかで見たような既視感に襲われます。心象的に描かれた演出に相まって、どのシーンの風景も舞台装置のように象徴的な扱いになっています。その一つが、丹下健三「山梨文化会館」でした。映画を見ている最中にアレっ?なんか似てない?。。。いやいやソックリソノママ。と言っても実物を見たことが無く、昔むかし雑誌でチラッと見た記憶なので自信も無く。ヨメさんに小声で、たぶん丹下健三。。。って呟いていたのですが、後でネットで確かめてみると、やっぱりソックリソノママ。(もちろん、後で自慢)
ネットで誰かそこについて書いてないかと探しましたが、観たアニメも結構オタクな分野?なので、思うほどに見つかりません。ようやく見つけたのは建築とアニメを研究されている明治大学の森川喜一郎氏のツイートでした。
氏のツイートによると「傷物語」に出てくる丹下建築は「山梨文化会館」だけでなく「丹下自邸」も使われている。。。と。なんと!? 残念、そこに気づかないただの建築音痴でした。

最近のアニメでは敢えてロケ地がわかるよう丁寧に描かれることが多くなりました。西宮にも超有名な”聖地”があります。そんな流れの中でも丹下健三は渋すぎです。
確認すると映画はまだやっているようです。日に一本程度ですが、まだやっている人気アニメなのですね。。。も一回、行ってしまいそうです。

何より、こうして描かれ”残され”る丹下建築はやはり偉大です。

宮崎駿の引退宣言

風立ちぬ

風立ちぬ 公式サイト

今日は2020年のオリンピックが東京に決まったことでニュースが持ち切りでしたが、その前は宮崎駿の引退会見でした。しばらく前に「風立ちぬ」を観たところなので、その感想を残しておこうかどうしようか迷っていたところ、40年来の宮崎アニメファンには思いも掛けぬ大ニュースに他なりません。

「風立ちぬ」の前に、大友克洋「SHORT PEACE」も観ていました。正直なところどちらもモヤモヤ悶々としたところが、僕自身には残ってしまいました。尊敬もする巨匠達に何をたわけた事を。って感じですが、やっぱりう〜ん・・・微妙。。。というのが抜けきれないのです。
「SHORT PEACE」は、フランスなどでも盛んなクオリティの高い短編アニメーション群に端を発して企画されたと制作記にありましたが、これが中途に思えてなりません。もっと引き離せる程に頑張って欲しかった。4作のオムニバス作品のどれもとは思いませんが、大友克洋の名を冠してならどれもがそうでないと納得できない方も多いのではないでしょうか。
その後「風立ちぬ」には、「SHORT PEACE」のモヤモヤを払拭して欲しいと勝手な思いで観に行ったのですが、お話は悪くは無いのだけどナンカう〜ん。初期ジブリ作品にあった爽快感まで期待していたわけではありませんが、名シーンをつなぎ合わせた宮崎アニメ回想録のような、一体どこに向かっているのか分からない気がしたのです。

そんなモヤモヤで感想を書くか書くまいかでしたが、そこに宮崎駿監督引退の大ニュースだった訳で、え、アレっ?て感じになってしまっていたところでした。
身勝手極まりなく、このモヤモヤをどうしてくれるのだ。。。
そんなことを思っていながらも宮崎駿の引退記者会見全文を見つけて、読み終えたところ、ようやくモヤモヤが解消されました。

ニュースでも和やかな会見と紹介されていましたが、この全文を読んで、宮崎駿ってやっぱりこういう人なんだと納得出来た気がします。往年のファンと偉そうに書いてますが、特別追っかけでもなく上映された作品に毎度クダ巻いているだけです。この会見のやり取りは、宮崎駿という人が飾り無くとても良く現れていて、これまでの軌跡を分かった気にさせてくれます。
モヤモヤの大きな原因は、なによりもアニメーターとしてのすばらしい表現をアニメ職人宮崎駿に期待しているのだけど、映画という作品の形になるとつい監督宮崎駿を評価してしまって、自分が何に期待していたのかが混乱する。勝手に想像すると、作る度に完璧を求められているのだから、アニメ職人としては重圧よりも不自由を感じていたのではないだろうかとも思えてます。知名度が無かったころから宮崎駿の映像(アニメ)表現に心躍らせていましたから、こちらとしては映画監督としての葛藤は知る由もなかったという感じでしょう。もっともっと好きな事すれば良いのになんだか残念、さらに勝手な事を思っていたのかもしれません。

ただそれでもやっぱりスゴイ人です。「風立ちぬ」の製作中、現役アニメーターとして毎日7時間机に向かうのが限度(若い頃は12時間)だと会見で話されていますが、なんといっても72歳です。自分が72歳まで、おおよそ25年まだあります。その日が来るまで毎日7時間机に向かうことを想像するのは容易くありません。ちゅ〜か、できません!

ものづくりの姿勢を含めて、こうじゃないと出来ないよな・・・と思えます。
ただ、「お疲れさま」は、まだもう少し先のよう・・・だよな、です。

SHPRT REACE

映画『SHORT PEACE』オフィシャルサイト

 

映画「紙兎ロペ」

なんツーか。この二つになんの因果関係もありません。あえて言えば、どちらも脳みそが白くなります。ヤベー。

ご存知の方も多いと思うのですが、東宝系の映画館に行くと開演前の頭がユルくなるショートアニメーション が「紙兎ロペ」です。やけに緻密な下町風景の背景画と究極に単純化された紙人形風2次元キャラの絶妙なコントラストに、どうでもいい様な会話がだらだらと流れるだけの、何も残らなさすぎが心地良いム〜ビ〜です。そのロペが映画になった?という事で、週末の晩に観に行ってしまいました。ケタケタと笑うべしか、クククっと息を押し殺すべしか、微妙な人の入りにどちらも出来ず、見応えがあるかどうかは賛否両論な事でしょう。もちろん個人的には楽しみました。
でもしかし、アニメならではの楽しさのあるアニメでは無いかと思います。「続く」とあったので、続編がもし製作されれば間違いなく行くかも。あればですが。

2次元と3次元を行き交うこの感覚は、ちょっとやみつきになりそうですね。

映画「ももへの手紙」

久しぶりの更新がアニメネタであったりして至極恐縮なのだが、先日久しぶりに映画館で観たアニメ「ももへの手紙」はとても良かった。瀬戸内の島を舞台に母娘と物の怪が出会い、亡くなった父親への想いから立ち直るまでのしばしの物語。細やかで丁寧な表現が嫌みなく、人物描写が島の風景や日常に溶け込みリアリティ溢れた豊かなものになっています。観賞後がとても爽やか。

映画を観た後、パンフレットを購入し一読。その中で、制作過程が紹介されている文面にアニメの中のリアリティについて書かれた一文が気になった。実写であると映像の中のものは衣服でさえ常に動きがあるが、アニメでそこまで表現してしまうと意識が散らかること。全速力で路地を走る少女が、通りに出る角で出会い頭にぶつかりそうになった老人を間一髪で避けるが、現実には到底無理な動きなのに観る人がさも実際に避けきったイメージを抱かせる動きなど。
アニメの中では日常的なことでも実際にはあり得ないことを、観客にごく自然な現実として受け止めさせる技術は、単に絵が動くだけで出来ることではなく、監督をはじめとしたアニメーターの方々の非常にきめ細かな観察力があってはじめて成立するものだろう。

これまで観たアニメに感じることの出来たリアリティとまた少し違った感触があり、観ながらもどことなく気になっていた。パンフに書かれた文面から、そこを気に掛けて制作したスタッフの思いなのだろうと推察してみたい。建築(特に住宅)を考え創るときも、そうした観察力があるなしではまるで違うものになるだろう。それをどう表現できるかが、きっと力量や個性に繋がるのだと思う。

映画「SPACE BATTLESHIP ヤマト」とふたご座

先日「SPACE BATTLESHIP ヤマト」を映画館へヨメさんと観に行きました。
ネットの映画ガイドで見ても評判悪く無い様なので懐かしさと興味に負けて行ってしまった訳ですが、個人的には惨敗です。完璧に滅亡しました。木村拓哉の古代進は許せても、黒木メイサの森雪は◯◯◯ハウスのままで全く魅力を感じない、放映当初にドキドキしながら見ていたモリユキファンとしては解せぬ感じです。映画作品としても一体ドコを向いてるのか、なんだか波動砲をむやみやたらに振り回しているだけのような感が否めません。力強さもロマンもない。監督は「宇宙戦艦ヤマト」のエンディングを聞いていなかったのか!と言いたい気分です。その他、観た翌日にヨメさんにアレコレ文句を聞いてもらったので、こんなところで。

昨夜は「ふたご座流星群」を家の前でヨメさんと一緒になって見上げていました。
はじめ寒さに怖じ気づいていたヨメさんを置いたまま一人眺めていました。やっぱりさミィな〜、思う様には見つけられず諦めかけたところ、目の片隅で一筋のヒカリ。見えた見えた家に戻ると、えっホンマ?とヨメさんが腰を上げ、そのまま30分ほど夜中の近所に星空の見やすい場所を探しながら怪しい二人組の影がウロウロ。それぞれ三つずつ見つけたところで満足して退散。肩が凝る割にストーリーの盛り上がりは全くありませんが、間違いなくロマンはありました。

ファンタスティック・プラネットとアウトレイジ

この間の日曜日は、夕方に nomade kino 主催のちょっと古いフランスのSFアニメ映画を観てギャラクシーカレーなるものを食べ、晩には以前に映画館の上映不備で手に入れたタダ券使って北野武のやくざ映画を観に行きました。

SFアニメ映画「ファンタスティック・プラネット」は、その筋では結構有名な作品。何時の未来か、家畜化された地球人が得たいのしれない宇宙人に支配されているのだけど、反乱して自由を取り戻す的な内容。時代を感じる映像だけど、SF映画や漫画やアニメには多大な影響を及ぼしただけあって、その設定もしかり美術・音楽と色んなところで現代の作品にも通じるものがあり、原点となるオリジナルを観ているような気さえします。

北野映画「アウトレイジ」は、好きな役者揃いだからとヨメさんのセレクトで行きましたが、コチラはコチラで悪者映画の寄せ集めというか、悪い奴をいっぱい並べてみました的な内容。ひとつひとつの悪者ストーリーに敢て新しさは感じないのですが、ジャンルこそ違えどコチラもまた原点となるオリジナルを観ているような気さえします。しかし、奇妙なほど日常に見える映像の中で悪さ怖さから滲み出る(ある種醜い)笑いは、ビートたけし本領そのものかもしれません。

まったく違う映画を観て同じ様なことを感じたのですが、どの時代でもオリジナルを作り出すのは実はあり得ないことだと思うし、あらゆる表現は繰り返しの中で洗練されていくのだな〜。それが悪いのでは無く、むしろそうした中で人は感性を研ぎすませ、表現を膨らませることが出来るのだと。しかも留まる事を知らず、いつまでも続いて行く事がスゴいのかも。大も小も継続は力なり、です。

この夏は大阪の劇団・維新派の公演「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」を観に、犬島に行こうかと目論んでいます。維新派鑑賞は20年を越えますが何故続けていくのだろうか? それを思えば、継続は力なり、を地で行くような劇団に力をもらえている気がするからかもしれません。特設サイトに掲載されている舞台模型観て、これは行きたいぞ、と思いました。講釈ともかく、楽しみ楽しみ。

コララインとボタンの魔女 3D

このあいだの日曜晩にアニメーション映画「コララインとボタンの魔女』」を観に行きました。またもアニメネタでスミマセン。

2年以上前にこのアニメの製作記事を偶然見ていた事をすっかり忘れており、てっきりCGアニメのつもりで行くと、なんだかエラい精密な作り込みに驚嘆。後でヨメさんに言われて人形アニメと言う事に気がつく始末だったのだけど、これは久しぶりに観に来た甲斐を感じた素敵な映画でした。冒頭のシーンからどっぷりファンタジーの世界に浸れます。ストーリーも決して子供向けと言う感じはありません。
主人公ココラインの家族表現はとても現代的で、親に構ってもらえない子供の不満がとってもリアル。その不満がパラドックス的なもう一つの世界を創りだしたのか、そこには理想的なパパとママ。だけど、なにか違う。。。夢・虚構の世界か、現実の世界かだんだん分らなくなっていく展開もとても面白く。飽きる事なく最後まで楽しめました。

いや〜それにしても、ホントに良く動いていました。ひとコマひとコマの撮影でよくぞココまで大画面を埋め尽くせるものだと、製作者のこだわりと根性に敬服するばかりです。CGではなく、あくまでリアルにカメラワークも美しい。

唯一不満は、3Dの必要を感じないところ。というか、3Dメガネが苦しかった。。。これは子供向けか?

*:上の画像は、公式サイト(英語)で作れます。(映画を観た方ならやってみたくなる。。。はず。)

アフロサムライ:レザレクション

illuminations

えべっさんの最終日、久しぶりにヨメさんと映画館に行きました。で、観てきたのは「アフロサムライ」の第2作。ちょっと(かなり?)オタクなアニメです。去年内から公開されていたので、ほぼ終わりかけ。おかげで、広い客席にヨメさん以外は、おじサンが一人だけ。貸し切り状態にあと一歩でした。(笑)

朝のニュース番組かなにかでも紹介されていたですが、このアニメは日米合作で、原作は日本の方。しかも同人誌にしか載っていなかったものが、ハリウッド俳優サミュエル・L・ジャクソンにスカウトされ、なんとエミー賞まで捕る始末。と、実は前作を見逃したままDVDも観ずに指をくわえていただけのアニオタ夫婦として見ざるを得ない?映画だった訳です。

それで映画は、スピード感あるハリウッド版B級アニメと言ってしまうと失礼かもしれませんが、オイオイ何でもありか〜の感じがかなり面白かったです。設定やストーリーは、これだけアニメやマンガの溢れかえった中では唯一とは言えませんが、絵の表現や美術のイメージは今まで観たものとも違って、オリジナル感がありました。オイオイどこの国だよと言いたくなる日本を題材にした実写映画より、ヒップホップに錯乱しつつもずっと日本的だったと思います。ちょっと泣けてきます。

話を戻し、テレビ番組の中で原作者の方が受賞に行く様子が映されていたのですが、黒人が主人公のアニメーションは今まで無かったのでとても嬉しい、と大人子供問わず黒人の方々に祝福されていたのが印象的でした。実は、そこに考えが及ばなかったことで、自分が文化と言うものを理解していない気がしたのです。

そうそう、映画の終わりは次回作もありそうな終わりかたでした。なんだかパワー溢れてます。

アフロサムライ:レザレクション / AFRO SAMURAI RESURRECTION

鉄人と握手!?

rising sun

先週木曜の晩、仕事から逃げて「鉄人28号」を観た。テレビや映画でなく、南果歩が金田正太郎扮する演劇です。ヨメさんの仕事関係から招待券を入手、監督がアニメ「甲殻機動隊」の押井守 (Wikipedia)とあって、実はウキウキと行って来た。(結構オタクだな。。。)

好き勝手な言い草だが、芝居自体を期待していた訳ではないので、期待してなかった分楽しめたかもしれない。ヨメさんの隣に座っていたご年配の方はよ〜分からんと漏らしていたようですが、よ〜分からない映画を作り続けて人気の監督作品としては、むしろ分かりやすいエンターテイメントだった。正直、やはりスクリーンで見せてもらった方がずっと楽しめたとは思うけど、舞台の真ん中に鎮座する膝つき7メートルの巨大な鉄人の姿は圧巻で、映像監督らしく美術はとても手が込んでいたと思います。しかも最後には動いた!

そんな訳で行く前にネットで下調べしていたら、押井監督はイベント事には結構顔を出しているとの情報。大阪公演の初日だし、もしかしたら本人に会えるかも。なんて淡い期待をしていたら、公演が終わってロビーに出たら本当に見つけてしまった。
意外に小柄で、風邪か花粉症か(顔を隠していた?か)マスクを掛けていたせいなのか、腰の低い感じで集まるファンに対応していた。そのままついつい、僕以上にそわそわするヨメさんと共に順に後ろに並んでしまう始末。が、押井監督の前に立って、何も言えず。。。

楽しんでいただけました?と気さくに聞かれたところに、鉄人がすばらしかったです。ヨメさんの宙に浮いた答えが唯一でした。それでも握手をしてもらたものだから、芝居の鉄人を観た事以上にアニメの鉄人と握手できた事で、この日の晩は至極ご満悦でした。 

そう言えば、小学生の頃に阪神百貨店のイベントで手塚治虫に握手してもらった事があります。最初の鉄人との握手はこちらかもしれません。手塚治虫も押井守監督もふくよかな手をしていた感触が残りました。

スカイ・クロラ

昨夕、押井守監督の「スカイ・クロラ」観てきました。
アニメと言うよりも映画でした。どこか分からない日本のようで外国のような架空の時代と国で、戦争が人の欲望の抑制のためにゲーム化された世界。作られた「大人になれない子供」が、ゲームのコマとなって、その代理戦争のなかで戦闘を繰り返します。

リアルな3Dの空戦シーンは圧巻で、戦闘機にのって空を舞い上がれば本当にこんな風に見えるのだろうな、敵機に襲われればこんな風にやられるのだろうな、とまるでその場を実感するようなメカニックの表現です。色彩は押えながらもどことなく明るい画面に、戦闘機の飛行シーンもなんだかプラモデルが浮いた様な空虚感が漂い、対比して平面的に描かれたキャラクターの表現に違和感を感じましたが、それはむしろリアルに見える戦闘シーンがゲームである事を強調しているのか、現実と架空が混然となり本当はどちらの世界がホンモノなのかを分からなくさせる意図かなとも思えます。

そんな解釈は観た後の事で、結構素直に映画を見入りました。物語はどちらか言えば言葉少なで進みます。説明的なところはほとんど無く、全くの前知識なく観るとちょっと悩むかも。設定の複雑さや周りを取り巻く多くの伏線を封じ込め淡々とした日常の様に進み、それでいて人(ゲームのコマ)が死んで行きます。それを世の中の人は心配しながらも傍観している怖さ。「大人のおとこ」とされながらも実体の見えない敵。様々な想像や憶測を、映画の登場人物と共に物語の進行を追いながらぼんやり考えてしまいます。

なんとも言えない余韻を残す映画でした。アニメが苦手な映画ファンでもそれなりに楽しめるのでは。ただしアニメと言えエンターテイメントではないので、ご注意です。

 

それはそれとしてオリンピックも始まりました。谷選手の銅は残念ですが、素直に思えばやはり凄い偉業ですね。こちらはリアルですね。当たり前ですが。。。

崖の上のポニョ

onion

久しぶりに映画に行きました。「崖の上のポニョ」。しかも公開初日の最初の上映に行くなんて、何年ぶりかな。ヨメさんが義姉と初日に行くと聞かされ焦って同行、全編手描きのうたい文句?に心動かされた感ですが、大昔からの宮崎ファンとしてはここ数年の超大作?物より、素直に良かったと思いました。
CGを使う使わないでは無く、技巧的に凝って観ている時は圧倒されても印象に薄い映像では無く、素朴に描きつつもダイナミックな動きの表現に余韻が残せるのは、やはり宮崎アニメの本来の持ち味。その持ち味が今回のポニョでは存分に現せたのではないかと思います。映画後半の荒れ狂う海が生き物そのものとして表現される様は、圧倒的でした。CGを使って精彩にリアルな表現を苦心するのとは全く違い、映像として少ない情報でありながら、あり得ない事をあり得る様に思わせる事ができるのは、アニメーション本来の面白さかもしれません。そんな所に今回はホント拍手です。
ただストーリーや設定は、手描きにこだわった映像の表現程には抜け切らなかった感が正直残りました。思い切ってもっと付属の設定を削っても良かったのでは?どこか現実世界との接点を持たせておきたいという意図の様にも思えますが、それらを切ってメインのストーリーだけをもっと誇張しても充分に宮崎監督が伝えたいことは伝えられたのでは?と思ってしまいます。
もっとファンタジーでいいのになあ。好き勝手な事を書いてしまいますが、「どうぶつ宝島(アイデア構成 :宮崎駿)」に釘付けになっていた宮崎好きの愚痴と聞き流して下さい。

映画を見終わった後、館内のショップで雑誌取材でお世話になったカメラマンの方に偶然出会いました。同じ上映に家族で来られていました。無防備な所を見つかった気分です。不審な挙動を撮られていないかちょっと不安。(笑)

「崖の上のポニョ」公式サイト:[c] 2008 二馬力・GNDHDDT

トンビに油揚げ:大伴昌司

OtomoShoji

昨日、京都大学でやっていた展覧会を見に行ったのですが、
無防備に菓子パンを頬張りながら、鴨川の橋を渡りはじめたその瞬間、
背後からバサッツ!何かがおおいかぶるような風が、耳元を通り過ぎました。
何が起こったか分からないまま、口に運びかけた菓子パンが、ちぎれて前方に勢いよく転げて行く??
転がる菓子パンを追う様に鳥の後ろ姿。が、タイミングを外し拾いきれずに上昇。
上を見上げれば鳶が2羽。くる〜くる〜と頭の上で円を描いていました。
トンビに油揚げをさらわれる。
と言うことわざ?がありますが、言葉通りに本当にさらわれました。
まぬけな面を、なんだかバカにされてるみたい。ちいっと悔しい感じです。
さすがに初めての経験。驚きました。ヒッチコックのカラスでなくて良かったです。

それはそれとして、見に行った展覧会は故・大伴昌司という方の展覧会
名前に聞き覚えのある方は「オタク」かもしれません。
昭和40年代、怪獣の解剖図や未来の空想図に、夢を重ねた同年の男性は多いと思いますが、
そのほとんどは、この大伴昌司氏が考案したものです。
「怪獣博士」の異名を持つ、ポップカルチャーの先駆者であり、天才プランナーです。
バルタン星人やエレキングの解剖図などなどなどなど、奇々怪々な設定をしていた神様です。
その膨大な資料が京大に寄贈され、その一部が公開されました。
子供連れのお父ちゃんは、子供がグズっても楽しそうに説明してます。
前日に知り勇んで行ったのですが、展示されていたのはホンの一握り。
ちいっと物足りないけど、ひと時楽しいタイムスリップができました。

「鉄コン筋クリート」ウラヤマしい

期待通りの出来映えに出会えると、素直にウレシい。
連休の土曜日のレイトショーで観た「鉄コン筋クリート」は、まさにそうだった。
ヨメさん曰く、アンタの世界やな〜。
という訳で、好き嫌いはとっても分かれそうな作品ですが、個人的にチョ〜おススメです。
人物描写、情景描写、風景描写、ストーリー展開、カメラアングル、そして音楽も
ハッキリ言えば、3Dアニメ全盛の状況を考えると、
映画として、アニメーションとして、どれも新しい訳では無いと思います。
が、映画として、アニメーションとして、完成度が高い。
風邪を引いていた事も忘れ、息を飲む映像に完全に飲み込まれ、
口をポカンと開けたままエンドロールを観ていました。
次の日は脱力しながら、買って来たパンフを眺めながら、え〜な〜と呟き、
今日は思わず買ってしまったサントラをずっとリピートしていました。
こんな作品が作れて、素直にウラヤマしい。
アンタ、また行こう思ってるやろ。帰りに言われました。
言われるとますます行きたくなった。マズい。。。

マジンガーZ

DENCHU

物心ついてから、一等インパクトのあったアニメと言えばマジンガーZではないだろうか。
実は今日、抽選に当たったものだから(言い訳)、
事務所をこっそり抜けて永井豪のトークショーを、宝塚にある手塚治虫記念館に観に行ってしまった。
これを知らずのスタッフのあとの視線が怖いが。。。話を続けてしまうと。
何よりも手塚治虫との思い出話などを聞かせてもらい、面白い一時間だった。
それにしてもやはりスゴイのは手塚大先生である。
エピソードを聞かせてもらうにつけ、今日の主役の永井豪よりも手塚治虫の話が気にかかる。
初対面の際、永井豪が手塚の昔の漫画の話を持ち出すと、
昔の話は良いと退けられ、手塚は構想中の漫画の話ばかりをするらしい。
見た事の無い漫画の話では、まるで会話が続かない。
本宮ひろしの披露宴の際に永井豪のとなりに手塚先生が遅れてやって来た。
すると、同業者同士の結婚は良く無いよ。と耳打したらしい。
永井豪の結婚式では、手塚先生にすっぽかされたらしいのはまだよく、
永井豪の師匠の石ノ森章太郎の結婚式では、頼まれた仲人役さえもをすっぽかしてしまい、
石ノ森は結婚式の日を改めざるを得なかったらしい。なんとも豪傑な話。
ともかく仕事人だったのだろうな。
もちろん永井豪本人の話でも面白い逸話はあった。
ただ最後に穏やかな面持ちのまま、漫画は生活です。と言い切ってしまえるところは変わらず凄みがある。
連載以外にも2〜3本は自主的に描いているらしい。
出版社の制約に拘束されないから楽しいのだと。
う〜ん。同じように仕事ができるだろうか。。。

その後、手塚治虫とトリビュートマンガ展と題した原画展を足早に覗いた。
手塚の原画とならんで、それをモチーフにしたトリビュート作品の原画が並べてあった。
だが観て行くうちに、並べた作品を圧倒する手塚治虫の凄さがますます感じられる。
幾度も手直ししてある原画は、鬼気とした迫力が感じられる。
畏敬の念さえ感じられて、思わず涙が出そうになった。
自分の小ささをあまりにも感じてしまった。