「ソーシャルネットワーク」を観てきました。

ゴミ処理場(西宮)

昨晩「ソーシャルネットワーク」を観に行きました。ネット社会の激動を映し出す濃密な展開とスピード感は、秒単位で技術革新するハードウェアとソフトウェアの中で振り回される人間模様とも思えました。トシいったのでしょうかね。スゴいなアと憧れつつもどこかついて行けない感は、毎度毎度のアップデートは勘弁してよどこまでもついて行けないです。と思う日常に重なります。

先日、ほぼひと時に液晶モニタとプリンタを購入しました。長〜〜〜いこと使ってた事務所のブラウン管モニタとプリンタがさすがにヤバくなり、叩いてもこそばしても言う事を聞いてくれず。さすがにこれは引退させなアカンなと観念しました。モニタはおそらく10年以上。プリンタもほとんど変わらないぐらい。よ〜頑張ったと言ってやらなアカンのでしょうね。

しかし新しく買ったモニタとプリンタは合わせても5万円にならない。今どき当たり前なのかもしれませんが、この価格でこの性能!?驚いています。マックを始めた当初もどんどん下がる値段を雑誌で観るたびに嫌気がさしましたが、未だこの状況は変わっていないことを実感しました。まだまだスピードを落とす事を許してもらえそうにありません。この世界に果てはないのでしょうね。いや〜大変です。

映画「SPACE BATTLESHIP ヤマト」とふたご座

先日「SPACE BATTLESHIP ヤマト」を映画館へヨメさんと観に行きました。
ネットの映画ガイドで見ても評判悪く無い様なので懐かしさと興味に負けて行ってしまった訳ですが、個人的には惨敗です。完璧に滅亡しました。木村拓哉の古代進は許せても、黒木メイサの森雪は◯◯◯ハウスのままで全く魅力を感じない、放映当初にドキドキしながら見ていたモリユキファンとしては解せぬ感じです。映画作品としても一体ドコを向いてるのか、なんだか波動砲をむやみやたらに振り回しているだけのような感が否めません。力強さもロマンもない。監督は「宇宙戦艦ヤマト」のエンディングを聞いていなかったのか!と言いたい気分です。その他、観た翌日にヨメさんにアレコレ文句を聞いてもらったので、こんなところで。

昨夜は「ふたご座流星群」を家の前でヨメさんと一緒になって見上げていました。
はじめ寒さに怖じ気づいていたヨメさんを置いたまま一人眺めていました。やっぱりさミィな〜、思う様には見つけられず諦めかけたところ、目の片隅で一筋のヒカリ。見えた見えた家に戻ると、えっホンマ?とヨメさんが腰を上げ、そのまま30分ほど夜中の近所に星空の見やすい場所を探しながら怪しい二人組の影がウロウロ。それぞれ三つずつ見つけたところで満足して退散。肩が凝る割にストーリーの盛り上がりは全くありませんが、間違いなくロマンはありました。

ファンタスティック・プラネットとアウトレイジ

この間の日曜日は、夕方に nomade kino 主催のちょっと古いフランスのSFアニメ映画を観てギャラクシーカレーなるものを食べ、晩には以前に映画館の上映不備で手に入れたタダ券使って北野武のやくざ映画を観に行きました。

SFアニメ映画「ファンタスティック・プラネット」は、その筋では結構有名な作品。何時の未来か、家畜化された地球人が得たいのしれない宇宙人に支配されているのだけど、反乱して自由を取り戻す的な内容。時代を感じる映像だけど、SF映画や漫画やアニメには多大な影響を及ぼしただけあって、その設定もしかり美術・音楽と色んなところで現代の作品にも通じるものがあり、原点となるオリジナルを観ているような気さえします。

北野映画「アウトレイジ」は、好きな役者揃いだからとヨメさんのセレクトで行きましたが、コチラはコチラで悪者映画の寄せ集めというか、悪い奴をいっぱい並べてみました的な内容。ひとつひとつの悪者ストーリーに敢て新しさは感じないのですが、ジャンルこそ違えどコチラもまた原点となるオリジナルを観ているような気さえします。しかし、奇妙なほど日常に見える映像の中で悪さ怖さから滲み出る(ある種醜い)笑いは、ビートたけし本領そのものかもしれません。

まったく違う映画を観て同じ様なことを感じたのですが、どの時代でもオリジナルを作り出すのは実はあり得ないことだと思うし、あらゆる表現は繰り返しの中で洗練されていくのだな〜。それが悪いのでは無く、むしろそうした中で人は感性を研ぎすませ、表現を膨らませることが出来るのだと。しかも留まる事を知らず、いつまでも続いて行く事がスゴいのかも。大も小も継続は力なり、です。

この夏は大阪の劇団・維新派の公演「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」を観に、犬島に行こうかと目論んでいます。維新派鑑賞は20年を越えますが何故続けていくのだろうか? それを思えば、継続は力なり、を地で行くような劇団に力をもらえている気がするからかもしれません。特設サイトに掲載されている舞台模型観て、これは行きたいぞ、と思いました。講釈ともかく、楽しみ楽しみ。

映画「ハート・ロッカー」を観てきました。

昨晩ヨメさんとアカデミー賞映画「ハート・ロッカー」を観に行きました。

イラクに駐在する爆弾処理班の緊迫する日々を描くこの映画は、前評判の通りドキュメンタリータッチの映像で得も云えぬ緊張感のある画面を次々と映し出し、分りやすいストーリーがあるエンターテイメントでないに関わらず、画面に釘付けになって観てしまいました。異様にリアルな戦場のシーンは平和ボケの身には少々応えますが、観賞後、この映画は何を伝えたかったのかよく分からないモヤモヤした感情に捕われたのが正直なところです。

戦争中毒になってしまったとも言える主人公は、平和な国に戻ってもまた戦場に赴くことを志願します。それは人を救いたいと言えるものでもなく、どこの何が正義でもなく悪でもない。非日常化してしまう戦争の違った恐ろしさを描きだし、観客に是非を問いかけているのかもしれませんが、答えを見いだすのがあまりに難しい。頭を悩ましました。

足りなかった時間「ユナイテッド93」

足りなかった時間とは上映時間の事ではありません。
日曜日に「ユナイテッド93」という映画を観ました。
ご存知の方も多いと思いますが、
9.11にハイジャックされた旅客機のひとつを舞台にした映画です。
映画で真実のすべてを描き出すことは不可能ですが、
監督は被害者の家族とのインタビューを元に、
そうであったかも知れない時間を描き出しています。
リアルな映像を目にしたのは決して遠い昔ではありません。
当日のテレビから流れる映像を通して誰もが目を疑ったその瞬間が、
まざまざと浮かび上がって来ます。
映画の批評や正当性は賛否が分かれるものでしょうが、
遺族のほとんどが映画化を承諾した事実が、
少なくともこの映画を見ておくべき価値の様な気がします。
もちろん娯楽の脚色も英雄談の脚色もありません。
最後の結果を知りながら淡々と且つ刻一刻と時間が過ぎ、
見終わると足りなかった時間を感じました。