あさご芸術の森美術館と多々良木ダム

 石の彫刻家・牛尾啓三先生から個展のお誘い頂き、ヨメさんと朝来市の山のなかにある美術館へ行ってきました。西宮から約2時間。気晴らしにドライブがてらの気持ちだったのが、着いてみるとちょっとばかり驚きの連続でした。

 到着したあさご芸術の森美術館へは初めてです。朝来市出身の日本を代表する彫刻家・淀井敏夫氏(1911~2005)の作品を館内と屋外に多数展示している施設ということも、実は着いてから知りました。その作品のひとつひとつが美しくそして面白く、これまで知らずにいたのがちょっと恥ずかしい感じさえしました。

 また、それ以上に驚いたのは美術館の正面からも見えるド迫力な石積みの丘? ダムのすぐそばにあることを下調べで知らなければ、目を疑うばかりの風景が拡がっています。荒々しく積まれた石積みは、どこか外国の風景にも見えます。雄大な公園でゆるりと過ごせるは、とても贅沢な時間に感じます。

 ダムへも少し行ってきました。ちょうど美術館を見下ろすことができます。これも迫力満点ながら山間の風景がなんとも牧歌的です。お誘いいただいた牛尾先生に感謝です。

夏越の大祓

 昨日、西宮神社で執り行われた「夏越の大祓 – なごしのおおはらえ – 」に行ってきました。ほぼほぼ毎年行きますが、去年はコロナで中止になってしまったので2年ぶりの茅の輪ちのわくぐり。参列に思ったよりも多くの人が集まっていました。お天気も良かったです。

 大祓は6月末12月末の半年毎にあり、罪穢れを祓ってもらう儀式になります。夏越の大祓では茅の輪をくぐって廻るのが特徴的。

 いつもの年なら本殿前に集まった参列者全員が、長蛇の列になって大きな茅の輪を廻ります。3回廻るので境内を右に左に皆で尻尾を振るようにぞろぞろ移動するのですが、今年は様子が違っていました。広場に密にならぬよう列になって集められ、神主さんの祝詞奏上のあと数列ずつ小分けにされて廻るようにされていました。

 毎回、長い長い行列で黙々と廻る様子がどことなく神事っぽくて良かったのですが、グループ分けされて小規模で廻っている様子を眺めていると、ちょっと旅行者っぽくも見えてきます。

 要らぬことを考えつつも3回無事にくぐってきました。これで半年分の罪穢れをリセット、このままコロナも退散してくれることを祈るばかりです。

アニメ映画「トゥルーノース」

 この映画を「アニメえいがのひとつ」と思って通りすぎてしまうのは、なんとも惜しい気がします。1週間前に観てきましたが、未だ衝撃的な印象が残っています。北朝鮮の収容所で生き抜く家族の物語。そうひと言で片づけるのは心許ないですが、実情をさして知らない自分がツラツラと語ることは憚られる。そんな映画でした。

 清水ハン栄治監督は、在日コリアン4世。現地取材をはじめ脱北者や元看守の方々へのインタビューを重ね、10年を費やして完成させたそうです。人々の心に留めてもらう為にもエンターテイメントとして観られるものに仕上げた、と言う監督自身の言葉ですが、正直とてもそんな気分だけで観終えることはできません。
 ストーリーそのものもありますが、ひとつひとつのシーンが非常に洗練されていることが分かり、表現として慎重にバランスの取れた抽象化がされています。それでもなお、重層な現実をオブラートに包んでいることがつぶさに感じられるのです。
 アニメーションとしてもとても素晴らしい作品だと思いましたが、この映画はドキュメンタリーなのか?しかも現在進行形なのか? そう思いにかられながらエンドロールを眺めていました。

 近くて遠い国。そこには同じ時間を生きているとは思えない衝撃とともに、自分となんら変わらない人々が生きている事を確信することも出来た気がします。

松花堂庭園の茶室とライトアップ

 ひと月ほど前のことですが、京都府八幡市「松花堂庭園」で催されるライトアップイベントに行ってきました。少し明るい内に、庭に建ち並ぶいくつかのお茶室を併せて見学もしてきました。

 お茶室を拝見していると、気持ちが落ち着くような不思議な感覚があります。現代建築などを見学したときに、そうした感じを受けることはなかなかありません。立派な和室に入ると、背筋を伸ばしたくなるような凛とした空気を感じる人は多いのではないでしょうか。
 それを、日本人の遺伝子?みたいに括ってしまうのは、どこか違う気がします。外国の方はどんな風に感じるのでしょう。お国によって感じ方も異なるかもしれません。なにの予備知識なしに、もし同じように感じるのだとしたら?
 これは様式と呼ぶことのできない、日本建築の持つ何かに違いない気がします。

 残念ながら海外旅行の経験も少ないので比較ができませんが、そうした感覚を他国で受けたことはありません。大学の授業で受けた海外の建築史などを思い返しても、類似したものを思い出すことはできません。近くのお国ならありそうですが、韓流ドラマや中国ドラマを観ていてもなかなかそうしたシチュエーションにまだ出会えていません。

 お見せできませんが、わが家のささやかな和室でさえも、その感覚はほのかに感じます。なぜ? 最近ヨメさんが香を楽しんでいたりするのでなおさらです。
 「日本建築の持つ何か」をどなたかにご講義お願いします。

 八幡市は「松花堂弁当」の発祥の地だそうです。なので、庭園横には日本料理「吉兆」もありお食事も楽しめるのですが、そちらはまたいずれ。

野口哲哉展〜いちにち高松市めぐり

野口哲哉展(高松市美術館 )
野口哲哉展(高松市美術館 )

 しばらく前、日曜の美術番組で紹介された彫刻作品の展覧会が目に留まり、こりゃオモロいな〜と思ったら、すぐ横にいたヨメさんが、コレイキタイ!と叫んだ。
 え!?どこでやってんの?と探したら、香川県の高松市美術館。巡回でコッチに来ないの?調べてみると、残念ながら関西を飛び越えて愛知県。。。どっちもどっち。とうとう、勢いで香川県まで行ってしまった。

 車で休憩はさみ約3時間と少し、高松市に来たのはずいぶん昔に一度きり。大した下調べもしないまま昼前に着いて、まず向かったのは香川県立ミュージアム。「うどん県」に行くのだからとグルメサイトで見つけておいた近くのうどん屋に行く時間つぶしのつもりが、このミュージアムの企画の展示も、常設の展示もイチイチ面白いから困った。

 カガワケン面白いかも。。。なにも分かってない二人が同じことを呟きはじめだす。

 時間も無いのでミュージアムの観賞は小走りに、うどん屋に向かいました。
 うどん屋に着いてみると暖簾が掛かっていない。やってるのかな〜?と戸を開けてみると、お客さんはそこそこいらっしゃる。早速肉うどんを注文して食してみれば、うどんもお肉も満足感大。

 タカマツシ楽しいかも。。。満腹になって、いざ目的の高松市美術館「野口哲哉展」へ。

 番組で観ていたので作品がどんなだか分かっていましたが、実際に観ても期待を裏切らず面白い。展示室に足を踏み入れて直ぐ、自分の顔が緩みはじめてきました。
 甲冑姿の人形?は、写真の通り一人一人なんとも言えない表情。どこか冴えない様でいて、どこか夢心地な不思議な眼差し。表情も立ち振る舞いもどこまでもリアルで、どこにでもいそう。なのに、どこにもいないだろうと思えるギャップが心地よい感じです。
 作品はなかなか凄い数がありましたが、最後まで飽きずに観れるというのにも驚きです。補助車を押しながら、ひとつひとつ丁寧に観ているお婆さんの姿がありました。どうされました?なにやら話し掛けていそうで、聞き耳を立ててしまいそうになります。きっといろんな想像をされているのでしょう。

 作者の野口哲哉さんは、1980年香川県高松市生まれ。作品に掲げられたキャプションには、どこかしらユーモアありつつ鋭い視点。作品にも感じられる聡明な不思議感。

 美術館を退散した後は、すぐ側にある喫茶店「城の眼」へ。
 開業50年のレトロなお店です。設計・山本忠司。インテリアは石彫作家・空充秋。これまた趣のあるお店でした。今は人も少なめ、お客さんも入れ替わり2組ぐらいで、ゆっくりさせて頂きました。
 その後、海辺沿いの倉庫を改装したおしゃれな本屋さんやらカフェに立寄り、美味しいピザを頂いて、満足感満杯で帰路に着きました。

 カガワケンタカマツシのファンになりそう。懲りずにまた来そうです。

堤防の解体工事

堤防解体の様子
堤防解体の様子

 通勤途中で通り過ぎる堤防解体現場の移り変る様子を、年末年始のころから楽しみに見ていました。ごっついコンクリートの固まりが、日に日にゴソッと無くなってしまうのです。建築現場では見たことのないダイナミックさに圧倒されます。

 ですが、ガンガンガンガン響き渡る掘削音はなく、ヴュイ〜ィ〜〜ンてな感じで、なんとも静かに事が進んでいます。しかし通行できる道路側から作業の様子が全く見えず、作業箇所はブルーシートに包み隠されながら進むので、気がつけばチーズのように孔が開けられ、羊羹のようにスパッと刻まれ。巨大遺跡のように変貌する姿に一体どうなっているのかナゾナゾでした。

 運び出しの作業が始まり、はじめてその切り口を見たとき、でっかい円盤カッターで切ったかのような切断跡。いやいやしかし、堤防根元の厚みは1メートルも越えます。そんなもん円盤カッターで切るとなると、めちゃめちゃでかいやん??? そんな巨大ロボットマシンを隠し通せるはずもない。作業員さんは隠すつもりはないと思いますが、こっちは気になる気になる。

 何度も見ているうちに、これはきっとワイヤーみたいなカッターじゃないか?と気がついたのですが、その切断作業を見ることが出来ません。ずっとナゾが続いていました。が、作業も終盤、ようやくその作業現場に遭遇できました。
 おぉ〜素晴らしいタマゴ切り器なことか。小さい頃オヤジが、ゆで卵を糸で切っているのを思い出しました。

堤防解体の様子
見事な切り口!しかもこの厚さ! 奥に見えるのが新設の堤防。
堤防解体の様子
初めて見つけた切断作業の様子。 めっちゃコンパクト!

 うひょひょ、正解。ネットで探れば、分かりやすい動画ありの工法紹介サイトを見つけました。なるほど〜。運び出し作業の段取り良さにも、ただただ感心するばかりです。

堤防解体の様子
それにしても、この大量のコンクリートの固まりは一体どこに行くのだろうか?

映画「モンテッソーリ 子どもの家」

 機会があれば、こども園・保育所や幼稚園などの児童施設の設計に関わりたいと思っているものの、実のところ幼児教育についてほとんど無知に近い。どことなく聞き及んだことがあったのは、シュタイナー教育と言った単語ぐらいだろうか。それさえも、教育内容についてなんとなく勝手な想像をしているだけ。
 保育所計画に実際関わって知ることになった単語には、モンテッソーリ教育、レッジョエミリアなどがある。それぞれの違いを答えるにはまだかじり読みだけで理解が乏しく、もう少しぐらい答えられるようにしておきたい。

 そんなところで、先日公開された「モンテッソーリ 子どもの家」を観てきました。
 大口を叩けば、保育・幼児教育に限らず、小・中・高・大、教育に関わる方はもれなく観ておいて損は無いに違いない。が、観終わった直後の感想です。
 というのも、大学の非常勤講師をさせていただいた経験もあるのですが、その時分に学生とどう接していたか、映画の中の先生と比べてしまうのです。もちろん、6歳に満たないコドモと接するのと、20歳前後のオトナ?に接するのでは違って当たり前と言えますが、根本は同じはず。もう少し、こんなふうにしていた方が良かったんじゃなかったかな〜、思わず回想してしまうのです。

 映画の中で現れるキーワードに、自発性や集中があります。ある事物に興味を持つことで遊び「仕事」に集中力が高まる瞬間があります。自分自身の成長のためであり、且つ無意識なものです。簡単に言ってしまえば、夢中になっている訳です。達成できたり、興味が薄れるまでそれは続けられるものです。
 夢中になることは、幾つであっても大事なことです。今、自身の仕事においても同じ。学生時分に何かに打込む時も同じ。講師時分なら、教えている学生が夢中になれば、放っておいても良い仕事をしてくるものです。
 どうやって、夢中になれるか、夢中にさせるか。もちろん自発的に。

 映画に映し出される小さな子どもの教育現場を、ええ歳になってしまった自分の成長を促すネタにするのは、いささか恥ずかしささえもありますが、知識のために観にきたつもりが、観終わると、自分のために観ておいて良かった。とさえ思える素晴らしいドキュメンタリー映画です。見始めは子どもたちのかわいさに惹かれますが、観終わるころには自分自身を振り返ることでしょう。羨ましささえ感じます。
 監督さんは、自分の娘の成長を考え始めたなかでモンテッソーリ教育を知り、2年半の取材を重ねた上にモンテッソーリの教師資格も取られたそうです。子どもに寄り添った膨大な撮影時間を、短時間で垣間観られる贅沢な映画です。

 この映画、題材も題材なのでメジャー館ではやはり伸びなやみでしょうか。嫁さん二人の貸し切りで観させていただきました。お陰で映画途中に気兼ねせず会話も多少できて良かったですが、もっと多くの人に観てもらいたいと思います。
 観賞後に買ったパンフレットには、保育師の先生のインタビュー、監督のインタビュー、など解説がとても良く、映画そのものだけでなくモンテッソーリ教育の入門ガイドとしても読む価値ありでした。

リモコン生活が当たり前

 わが家の自宅リビングにある常駐リモコンは4つ。テレビに、エアコンに、照明。さらにAxxzonのスティックリモコン。

 去年の暮れ頃から、テレビリモコンは音量を小さくできても大きくできない。照明リモコンは電源が入ったり入らなかったり。徐々に過激になるお仕置きに反して、段々と言うことを聞かなくなっていった。
 テレビは買って6年は過ぎているので、まあ仕方なしかと思える。ネットで調べれば、同じタイプのリモコンがまだ売っていた。諦めて買い替えたので今は快適に使えている。

 問題は照明リモコン。2年ほど前にネットで買い揃えたシーリングライトだけど、リモコン単体がネット販売で見つからない。メーカーサイトの案内も不親切。仕方なし直接問い合わせてみたら、え、そんなにするの!?。値段がエライする。高機能なテレビリモコンならまだしも、送料含めるとガッカリする値段である。しかも、まだ2年ほどしか使っていない。。。
 比べてもどうしようも無いことは分かっていても腑に落ちない。ON/OFF だけなら壁付けのスイッチがまだ使える。ちょっと悔しいので、本当にどうしようも無くなるまで粘ることにした。便利なはずのリモコン生活なのに、なにをしてるやら。

 改めて考えてみると、いまやほとんどの生活機器はリモコンで動いている。クルマのドアしかり、玄関ドアでさえキーレスで開けたり閉めたりできてしまう。(わが家は違いますが。。。)トイレで噴水も出せる。
 今や音声認識で、テレビを付けたりエアコンの温度を調整したり。ニュースも聞けるし、ことわざも早口言葉も言ってくれる。身体を動かさずとも、いろんな事が魔法のようにできてしまうのである。
 ついつい便利に思っているが、リモコン生活が当たり前の毎日になると、何事にも無精になりそうだし、ややもすると人をアゴで使ってしまう事になりそうだ。

 今はコロナで無いだろうけど、夜中に酔っぱらって帰ってきたオヤジが、アXXサ、玄関のカギ開けて! 嫁さんのスイッチ切って! なんて、大声を張り上げる光景も近いことだろう。

コロナ禍えべっさん

 毎年えべっさんに通って30年近くになりますが、これほど閑散としたえべっさんは初めてです。

 コロナ禍で密なところに行くことは控えめに。。。と思うものの、商売繁盛を願うのも大事。本宮のお昼にお参りに行きました。事務所の行き帰り、通りに屋台が並ばない様子は予め分かってはいましたが、当たり前に思っていた賑わいを見ることが出来ずやはり残念。一年後の復活を祈るばかりです。

 さてさて今年も「鯛みくじ」。なんと、大吉ならぬ「大福」!? を引き当てました。なんだこれは? と思いきや、今年からの鯛みくじの最上位に加えられたのだとか。
 幸先よい。めでたや。めでたや。
 今年一年はこの「大福」を財布に忍ばせ、お守りにすることにします。