映画「紙兎ロペ」

なんツーか。この二つになんの因果関係もありません。あえて言えば、どちらも脳みそが白くなります。ヤベー。

ご存知の方も多いと思うのですが、東宝系の映画館に行くと開演前の頭がユルくなるショートアニメーション が「紙兎ロペ」です。やけに緻密な下町風景の背景画と究極に単純化された紙人形風2次元キャラの絶妙なコントラストに、どうでもいい様な会話がだらだらと流れるだけの、何も残らなさすぎが心地良いム〜ビ〜です。そのロペが映画になった?という事で、週末の晩に観に行ってしまいました。ケタケタと笑うべしか、クククっと息を押し殺すべしか、微妙な人の入りにどちらも出来ず、見応えがあるかどうかは賛否両論な事でしょう。もちろん個人的には楽しみました。
でもしかし、アニメならではの楽しさのあるアニメでは無いかと思います。「続く」とあったので、続編がもし製作されれば間違いなく行くかも。あればですが。

2次元と3次元を行き交うこの感覚は、ちょっとやみつきになりそうですね。

映画「ももへの手紙」

久しぶりの更新がアニメネタであったりして至極恐縮なのだが、先日久しぶりに映画館で観たアニメ「ももへの手紙」はとても良かった。瀬戸内の島を舞台に母娘と物の怪が出会い、亡くなった父親への想いから立ち直るまでのしばしの物語。細やかで丁寧な表現が嫌みなく、人物描写が島の風景や日常に溶け込みリアリティ溢れた豊かなものになっています。観賞後がとても爽やか。

映画を観た後、パンフレットを購入し一読。その中で、制作過程が紹介されている文面にアニメの中のリアリティについて書かれた一文が気になった。実写であると映像の中のものは衣服でさえ常に動きがあるが、アニメでそこまで表現してしまうと意識が散らかること。全速力で路地を走る少女が、通りに出る角で出会い頭にぶつかりそうになった老人を間一髪で避けるが、現実には到底無理な動きなのに観る人がさも実際に避けきったイメージを抱かせる動きなど。
アニメの中では日常的なことでも実際にはあり得ないことを、観客にごく自然な現実として受け止めさせる技術は、単に絵が動くだけで出来ることではなく、監督をはじめとしたアニメーターの方々の非常にきめ細かな観察力があってはじめて成立するものだろう。

これまで観たアニメに感じることの出来たリアリティとまた少し違った感触があり、観ながらもどことなく気になっていた。パンフに書かれた文面から、そこを気に掛けて制作したスタッフの思いなのだろうと推察してみたい。建築(特に住宅)を考え創るときも、そうした観察力があるなしではまるで違うものになるだろう。それをどう表現できるかが、きっと力量や個性に繋がるのだと思う。

映画「SPACE BATTLESHIP ヤマト」とふたご座

先日「SPACE BATTLESHIP ヤマト」を映画館へヨメさんと観に行きました。
ネットの映画ガイドで見ても評判悪く無い様なので懐かしさと興味に負けて行ってしまった訳ですが、個人的には惨敗です。完璧に滅亡しました。木村拓哉の古代進は許せても、黒木メイサの森雪は◯◯◯ハウスのままで全く魅力を感じない、放映当初にドキドキしながら見ていたモリユキファンとしては解せぬ感じです。映画作品としても一体ドコを向いてるのか、なんだか波動砲をむやみやたらに振り回しているだけのような感が否めません。力強さもロマンもない。監督は「宇宙戦艦ヤマト」のエンディングを聞いていなかったのか!と言いたい気分です。その他、観た翌日にヨメさんにアレコレ文句を聞いてもらったので、こんなところで。

昨夜は「ふたご座流星群」を家の前でヨメさんと一緒になって見上げていました。
はじめ寒さに怖じ気づいていたヨメさんを置いたまま一人眺めていました。やっぱりさミィな〜、思う様には見つけられず諦めかけたところ、目の片隅で一筋のヒカリ。見えた見えた家に戻ると、えっホンマ?とヨメさんが腰を上げ、そのまま30分ほど夜中の近所に星空の見やすい場所を探しながら怪しい二人組の影がウロウロ。それぞれ三つずつ見つけたところで満足して退散。肩が凝る割にストーリーの盛り上がりは全くありませんが、間違いなくロマンはありました。

ファンタスティック・プラネットとアウトレイジ

この間の日曜日は、夕方に nomade kino 主催のちょっと古いフランスのSFアニメ映画を観てギャラクシーカレーなるものを食べ、晩には以前に映画館の上映不備で手に入れたタダ券使って北野武のやくざ映画を観に行きました。

SFアニメ映画「ファンタスティック・プラネット」は、その筋では結構有名な作品。何時の未来か、家畜化された地球人が得たいのしれない宇宙人に支配されているのだけど、反乱して自由を取り戻す的な内容。時代を感じる映像だけど、SF映画や漫画やアニメには多大な影響を及ぼしただけあって、その設定もしかり美術・音楽と色んなところで現代の作品にも通じるものがあり、原点となるオリジナルを観ているような気さえします。

北野映画「アウトレイジ」は、好きな役者揃いだからとヨメさんのセレクトで行きましたが、コチラはコチラで悪者映画の寄せ集めというか、悪い奴をいっぱい並べてみました的な内容。ひとつひとつの悪者ストーリーに敢て新しさは感じないのですが、ジャンルこそ違えどコチラもまた原点となるオリジナルを観ているような気さえします。しかし、奇妙なほど日常に見える映像の中で悪さ怖さから滲み出る(ある種醜い)笑いは、ビートたけし本領そのものかもしれません。

まったく違う映画を観て同じ様なことを感じたのですが、どの時代でもオリジナルを作り出すのは実はあり得ないことだと思うし、あらゆる表現は繰り返しの中で洗練されていくのだな〜。それが悪いのでは無く、むしろそうした中で人は感性を研ぎすませ、表現を膨らませることが出来るのだと。しかも留まる事を知らず、いつまでも続いて行く事がスゴいのかも。大も小も継続は力なり、です。

この夏は大阪の劇団・維新派の公演「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」を観に、犬島に行こうかと目論んでいます。維新派鑑賞は20年を越えますが何故続けていくのだろうか? それを思えば、継続は力なり、を地で行くような劇団に力をもらえている気がするからかもしれません。特設サイトに掲載されている舞台模型観て、これは行きたいぞ、と思いました。講釈ともかく、楽しみ楽しみ。

コララインとボタンの魔女 3D

このあいだの日曜晩にアニメーション映画「コララインとボタンの魔女』」を観に行きました。またもアニメネタでスミマセン。

2年以上前にこのアニメの製作記事を偶然見ていた事をすっかり忘れており、てっきりCGアニメのつもりで行くと、なんだかエラい精密な作り込みに驚嘆。後でヨメさんに言われて人形アニメと言う事に気がつく始末だったのだけど、これは久しぶりに観に来た甲斐を感じた素敵な映画でした。冒頭のシーンからどっぷりファンタジーの世界に浸れます。ストーリーも決して子供向けと言う感じはありません。
主人公ココラインの家族表現はとても現代的で、親に構ってもらえない子供の不満がとってもリアル。その不満がパラドックス的なもう一つの世界を創りだしたのか、そこには理想的なパパとママ。だけど、なにか違う。。。夢・虚構の世界か、現実の世界かだんだん分らなくなっていく展開もとても面白く。飽きる事なく最後まで楽しめました。

いや〜それにしても、ホントに良く動いていました。ひとコマひとコマの撮影でよくぞココまで大画面を埋め尽くせるものだと、製作者のこだわりと根性に敬服するばかりです。CGではなく、あくまでリアルにカメラワークも美しい。

唯一不満は、3Dの必要を感じないところ。というか、3Dメガネが苦しかった。。。これは子供向けか?

*:上の画像は、公式サイト(英語)で作れます。(映画を観た方ならやってみたくなる。。。はず。)

アフロサムライ:レザレクション

illuminations

えべっさんの最終日、久しぶりにヨメさんと映画館に行きました。で、観てきたのは「アフロサムライ」の第2作。ちょっと(かなり?)オタクなアニメです。去年内から公開されていたので、ほぼ終わりかけ。おかげで、広い客席にヨメさん以外は、おじサンが一人だけ。貸し切り状態にあと一歩でした。(笑)

朝のニュース番組かなにかでも紹介されていたですが、このアニメは日米合作で、原作は日本の方。しかも同人誌にしか載っていなかったものが、ハリウッド俳優サミュエル・L・ジャクソンにスカウトされ、なんとエミー賞まで捕る始末。と、実は前作を見逃したままDVDも観ずに指をくわえていただけのアニオタ夫婦として見ざるを得ない?映画だった訳です。

それで映画は、スピード感あるハリウッド版B級アニメと言ってしまうと失礼かもしれませんが、オイオイ何でもありか〜の感じがかなり面白かったです。設定やストーリーは、これだけアニメやマンガの溢れかえった中では唯一とは言えませんが、絵の表現や美術のイメージは今まで観たものとも違って、オリジナル感がありました。オイオイどこの国だよと言いたくなる日本を題材にした実写映画より、ヒップホップに錯乱しつつもずっと日本的だったと思います。ちょっと泣けてきます。

話を戻し、テレビ番組の中で原作者の方が受賞に行く様子が映されていたのですが、黒人が主人公のアニメーションは今まで無かったのでとても嬉しい、と大人子供問わず黒人の方々に祝福されていたのが印象的でした。実は、そこに考えが及ばなかったことで、自分が文化と言うものを理解していない気がしたのです。

そうそう、映画の終わりは次回作もありそうな終わりかたでした。なんだかパワー溢れてます。

アフロサムライ:レザレクション / AFRO SAMURAI RESURRECTION

鉄人と握手!?

rising sun

先週木曜の晩、仕事から逃げて「鉄人28号」を観た。テレビや映画でなく、南果歩が金田正太郎扮する演劇です。ヨメさんの仕事関係から招待券を入手、監督がアニメ「甲殻機動隊」の押井守 (Wikipedia)とあって、実はウキウキと行って来た。(結構オタクだな。。。)

好き勝手な言い草だが、芝居自体を期待していた訳ではないので、期待してなかった分楽しめたかもしれない。ヨメさんの隣に座っていたご年配の方はよ〜分からんと漏らしていたようですが、よ〜分からない映画を作り続けて人気の監督作品としては、むしろ分かりやすいエンターテイメントだった。正直、やはりスクリーンで見せてもらった方がずっと楽しめたとは思うけど、舞台の真ん中に鎮座する膝つき7メートルの巨大な鉄人の姿は圧巻で、映像監督らしく美術はとても手が込んでいたと思います。しかも最後には動いた!

そんな訳で行く前にネットで下調べしていたら、押井監督はイベント事には結構顔を出しているとの情報。大阪公演の初日だし、もしかしたら本人に会えるかも。なんて淡い期待をしていたら、公演が終わってロビーに出たら本当に見つけてしまった。
意外に小柄で、風邪か花粉症か(顔を隠していた?か)マスクを掛けていたせいなのか、腰の低い感じで集まるファンに対応していた。そのままついつい、僕以上にそわそわするヨメさんと共に順に後ろに並んでしまう始末。が、押井監督の前に立って、何も言えず。。。

楽しんでいただけました?と気さくに聞かれたところに、鉄人がすばらしかったです。ヨメさんの宙に浮いた答えが唯一でした。それでも握手をしてもらたものだから、芝居の鉄人を観た事以上にアニメの鉄人と握手できた事で、この日の晩は至極ご満悦でした。 

そう言えば、小学生の頃に阪神百貨店のイベントで手塚治虫に握手してもらった事があります。最初の鉄人との握手はこちらかもしれません。手塚治虫も押井守監督もふくよかな手をしていた感触が残りました。

スカイ・クロラ

昨夕、押井守監督の「スカイ・クロラ」観てきました。
アニメと言うよりも映画でした。どこか分からない日本のようで外国のような架空の時代と国で、戦争が人の欲望の抑制のためにゲーム化された世界。作られた「大人になれない子供」が、ゲームのコマとなって、その代理戦争のなかで戦闘を繰り返します。

リアルな3Dの空戦シーンは圧巻で、戦闘機にのって空を舞い上がれば本当にこんな風に見えるのだろうな、敵機に襲われればこんな風にやられるのだろうな、とまるでその場を実感するようなメカニックの表現です。色彩は押えながらもどことなく明るい画面に、戦闘機の飛行シーンもなんだかプラモデルが浮いた様な空虚感が漂い、対比して平面的に描かれたキャラクターの表現に違和感を感じましたが、それはむしろリアルに見える戦闘シーンがゲームである事を強調しているのか、現実と架空が混然となり本当はどちらの世界がホンモノなのかを分からなくさせる意図かなとも思えます。

そんな解釈は観た後の事で、結構素直に映画を見入りました。物語はどちらか言えば言葉少なで進みます。説明的なところはほとんど無く、全くの前知識なく観るとちょっと悩むかも。設定の複雑さや周りを取り巻く多くの伏線を封じ込め淡々とした日常の様に進み、それでいて人(ゲームのコマ)が死んで行きます。それを世の中の人は心配しながらも傍観している怖さ。「大人のおとこ」とされながらも実体の見えない敵。様々な想像や憶測を、映画の登場人物と共に物語の進行を追いながらぼんやり考えてしまいます。

なんとも言えない余韻を残す映画でした。アニメが苦手な映画ファンでもそれなりに楽しめるのでは。ただしアニメと言えエンターテイメントではないので、ご注意です。

 

それはそれとしてオリンピックも始まりました。谷選手の銅は残念ですが、素直に思えばやはり凄い偉業ですね。こちらはリアルですね。当たり前ですが。。。

崖の上のポニョ

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久しぶりに映画に行きました。「崖の上のポニョ」。しかも公開初日の最初の上映に行くなんて、何年ぶりかな。ヨメさんが義姉と初日に行くと聞かされ焦って同行、全編手描きのうたい文句?に心動かされた感ですが、大昔からの宮崎ファンとしてはここ数年の超大作?物より、素直に良かったと思いました。
CGを使う使わないでは無く、技巧的に凝って観ている時は圧倒されても印象に薄い映像では無く、素朴に描きつつもダイナミックな動きの表現に余韻が残せるのは、やはり宮崎アニメの本来の持ち味。その持ち味が今回のポニョでは存分に現せたのではないかと思います。映画後半の荒れ狂う海が生き物そのものとして表現される様は、圧倒的でした。CGを使って精彩にリアルな表現を苦心するのとは全く違い、映像として少ない情報でありながら、あり得ない事をあり得る様に思わせる事ができるのは、アニメーション本来の面白さかもしれません。そんな所に今回はホント拍手です。
ただストーリーや設定は、手描きにこだわった映像の表現程には抜け切らなかった感が正直残りました。思い切ってもっと付属の設定を削っても良かったのでは?どこか現実世界との接点を持たせておきたいという意図の様にも思えますが、それらを切ってメインのストーリーだけをもっと誇張しても充分に宮崎監督が伝えたいことは伝えられたのでは?と思ってしまいます。
もっとファンタジーでいいのになあ。好き勝手な事を書いてしまいますが、「どうぶつ宝島(アイデア構成 :宮崎駿)」に釘付けになっていた宮崎好きの愚痴と聞き流して下さい。

映画を見終わった後、館内のショップで雑誌取材でお世話になったカメラマンの方に偶然出会いました。同じ上映に家族で来られていました。無防備な所を見つかった気分です。不審な挙動を撮られていないかちょっと不安。(笑)

「崖の上のポニョ」公式サイト:[c] 2008 二馬力・GNDHDDT