セミナー「鉋の切味について」

見えないものの数値化するのは難しいが、数値化しずらいものは伝えにくい。今日の午前中、鉋(かんな)の刃などを製作される鍛冶職人・石井修一氏のお話を竹中大工道具館のセミナーに聴きに行きました。

おそらく日本人は特に、数値化しずらい微妙な感覚をいろいろな言葉で伝えようとします。一番身近でちょっと嫌なところで言えば、「人に甘い」「人に辛い」とか。人に「甘い・辛い」とはなんぞ?考えてみれば、分る様で分らない。ましてや、人それぞれの感覚もあります。

今日の講演は、大工さんから鉋の切味について、「甘い」「甘切れ」「柔らかい」「硬い」と言った抽象的な感想をもらうにつれ、その評価はどのような感覚から発生するのかを突き止めようと試みた石井先生の研究成果です。鉋の刃の製作過程において、鍛冶職が鍛造と焼き入れが良好と思える甘い刃と硬い刃を、木工職はどのように受け止め評価するのか?実際に硬度の違う3種類の刃を用意し、杉や桧、楢や欅などいくつかの木を削ってもらい、どのような違いが発生するかを検証されました。

さて、細かい話はともかく、刃物なのだから硬いが良いに決まっていそうなものですが、実際の結果は柔らかい刃が、一番それぞれの木に順応する様です。特に柔らかい杉の白太は、「甘切れ」と呼ばれるどちらか言えば出来が良く無いと評価されがちな柔らかい刃でないと、仕上げられないと言う結果でした。ここで、「甘い」の「柔らかい」のと書いていますが、実際の刃先を見ても素人目にはさっぱり分りません。製作過程の温度が違うという数値が分ったとしても、軟らかい木に対して硬い鉄が相手でなのです。何が違ってそうなるのやら、本当に微妙な感覚の世界としか言えません。理解できたとしても不思議なことに変わりがありませんでした。

頂いたレジュメの中で引用されていた石井先生のお師匠のお師匠さんの文章が、とても興味深いので書き写しておきます。

 返品の中で数多い批評は「甘くて切れない」という小言である。私は剃刀の一挺一挺の硬さを計って、その数字を箱の表面に書いて置くが、随分硬いと思う品物に対しても、此の批評が附いて凱旋して来る。(中略)では何故これを甘いと云うのか。
うんと軟らかい甘切れの物を好む人と、もの凄く硬いものを好む人と、人によって違うのである。従って甘切れを好む人に、硬いものを送れば直ちに返されるし、逆に硬切れを良しとするお方に軟らかい物を送れば、お小言を食らうのは当然である。之を二人の間に入れ替えると、両方から賞賛される。
百人に一人くらいの割に、甘切れの物も、硬い物も、送った物を凡て切れると云って下さる有難い人がある。此の人達に会って話を聞くと、甘切れの剃刀は、女子に用い、硬切れのものは大髪に使うと云った具合に、髪の性質によって剃刀を使い分けると言うのである。

岩崎航介「刃物の見方 」(1969)

これを読むだけで、なんて微妙な感覚だろうか、と思います。

そして、出来上がった3種の鉋の刃先を石井先生は、また別の有名な鍛冶職人さんに観てもらった時、その方は目視だけで3種の硬さ順を並べられたそうです。なおかつ3種と別に持参した、間の硬さの刃をも順に並べられたそう。職人世界の奥深さに驚嘆します。

鉋の切味について -2008年度竹中大工道具館共同研究事業成果報告-

講師:石社 修一(三条製作所石社鍛冶屋)

刃物の切れ味は「甘切れ」、「硬い」、「辛い」等という言葉で表現されますが、一般人には分かりづらいものです。そこで、鋼種別に鉋を製作して削り試験を行い、大工の阿保昭則氏、大工道具店の土田昇氏の協力を得て、切れ味がどのように変化しているのかを調査しました。大工と鍛冶の相互理解の秘密に迫ります。

財団法人 竹中大工道具館 – Takenaka Carpentry Tools Museum

*:参考リンク

ものつくりの心:竹中大工道具館・赤尾建蔵先生講演

laminated lumber

先日すまいがっこうにて、竹中大工道具館館長・赤尾建蔵先生の講演を聴きました。とても分かりやすく充実した話の内容にのめり込み、1時間半の講演時間があっと言う間に過ぎました。

大工道具を通した技術の歴史を遡りながら、現在に至る木造建築の有り様を改めて考えさせられます。その昔まだ道具が未成熟だった頃、木を石で加工するには柔らかい木を選ぶとへこんでしまうばかり、そのため敢て堅い木を選んでいたと言うだけでも、自然の摂理に沿ったものつくりをしていたと分かります。人は自然と対峙しながら成長していきました。
鉄を加工できるようになって刃物が生まれた時代でも、 当初はまだまだ石の延長で木を加工していた訳ですから、木の癖や性質を見極めながら適材適所に建築をするようになって行きます。だからこそ法隆寺は今も健在するのであって、もし時代を経て近世に建造されていたとすればその姿は変わっていたのかもしれません。今に残っていないのかもしれません。
道具が発達し加工技術が進化するにつれ、作業も分業化されより合理的に作られるようになります。しかしその一方で材料を都合の良いように扱えるようになり、建物の寿命は短くなったといっても過言ではなさそうです。1300年を過ぎる法隆寺がある一方、江戸時代の建物は600年しか(も?)持たないのだそうです。

たとえそうとしても日本の大工道具の発展を見ると、より合理性を求めた海外の道具に比べると、建物がより永く持ちこたえさせるための木造建築の技術の継承を現しているように思えます。大工技術の伝承は精神性にまで高められ、道具は禁欲的で装飾がないのは今も変わりません。海外の道具はプロダクトデザインとしての発達は優れていますが、自然との対話を置き去りにしてしまったようにも思えます。

そんな赤尾先生の話を聞くと、ホームセンターで手に入る今の電動工具で作られる住まいが一体どのくらい持つのだろう。集成材や積層材などの、当たり前になってしまった今の木質材料は一体どのくらい持つのだろう。1000年2000年持つ様な建物を設計できるなど考える必要はないのかもしれませんが、今考えるべき事は本来何なのかを問い直さなくてはならない気がします。机に向かっているだけの設計では、いつまでも建物を知ることはできないかもしれません。

話はそれますが、ご講演いただいた赤尾先生がボランティアで関わられているネパールの学校建築で、先日「国際石材建築賞」を受賞されました。おめでとうございます。

山崎材木センター/服部商店勉強会

lumber company

先週木曜日に工務店さんと兵庫県宍粟市の山崎木材センターへ赴きました。兵庫県産の木材を使って住宅の建築を進めたい工務店さんの考えで、まずは手始めの視察に同行しました。普段現場に加工された材木を見たり、材木店の加工場で大工さんが刻む側で、廻りにうずたかく積まれた木材は見ますが、その川上でどんな風に木材が流通しているのか。興味津々でついて行った次第。ここ山崎木材センターは林産業者から材木を引き取り、一次加工をして下の小売り材木店に卸す言わば拠点のひとつになります。

広大な倉庫のアチラコチラに杉や桧が積まれています。その中で目についたのが、背割りのある柱材とない柱材。背割りは木材が乾燥する時に自然に割れてしまうと割れ方をコントロール出来ないため、あらかじめ割っておくものですが、背割りがない材料もあります。
これは低温の人工乾燥による材料だそうで、高温での人工乾燥材は背割りを入れるのだそう。表面だけを一見すると背割りのない低温の方が良さそうにも見えますが、よくよく見ると芯の方へ割れ目が走っています。言ってみれば背骨にヒビが入ってしまったような気もします。どちらが良いかは判断しずらいですが、背割りがあっても芯が奇麗に残っている方が良さそうな気もします。

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土曜日の午前中には材木商・服部商店さんの勉強会に参加し、アメリカ広葉樹製材品の解説や、スプルース材を例に最良の使い方や発注の仕方を説明頂きました。

日本とアメリカの製材方法の違い、流通される日本向けサイズの事。など、何気に図面に描いていた寸法のずっと先には、そうした流通の様子を踏まえているかいないかで、建築費に関わることさえあるのだと気づかされます。

材木についてはまるっきり素人。木材の世界では当たり前の事さえ知らずにいます。材木センターや服部商店さんなど、机に向かってばかりでなくいろいろ歩き見て勉強するしかなさそうです。

木材はムズカしい?〜服部商店訪問〜

lumber dealer

高い天井の薄暗い倉庫に山積みされた木材。岸和田にある材木商・服部商店へスタッフと友人と共に訪ねました。服部商店さんは造作材となる広葉樹を中心に商いをされています。すまいがっこうの講師依頼で春頃に一度訪れたので、今日は2回目の訪問です。

倉庫を案内され、カウンターとして奇麗に製材され出荷を待つ「くるみ」や、まっぷたつになって転がる「スプルース」の大木、さらに積み上がった木材の山に圧倒されてしまいます。奥の作業場でロウを塗る作業を拝見しました。木目を詰まり具合を確認しながら、割れない様に乾燥の速度を押えるためだそうです。ただ重ねて、積み上げるだけではないのですね。ペンキを塗る事もあるそうです。

材木バカを自称する服部さんの話は、本当に尽きる事がありません。弾丸の様に、次々木材の事を話されます。今まで信じ込んでいた事を、すっかり覆されたりもします。その話を聞きながら、木の事をまるで知らないバカな設計者と自覚するばかり。

適材適所と服部さんはよく口にします。一本の木から取れる材料でも、建具に向く部分もあれば造作に向く部分もあります。しかもそれは教科書通りには行かない。机に向かうだけの設計者にはとても見極められません。服部さんのような材木アドバイザー?とタッグを組む事が本当に大事なのだろうと思えます。

lumber dealerlumber dealerlumber dealerlumber dealer

連休明けの24日「すまいがっこう」にて、服部さんに講義をして頂きます。ご興味あるかたは、是非。

古材や古民家の再利用:藤岡龍介氏講演

昨日「すまいがっこう」で、藤岡龍介先生の古民家や古材を生かした住まいづくりの講義を受けました。

藤岡先生は、奈良を拠点に古材や古民家の再利用を念頭においた住まい作りをされている建築家です。実は、講義を受けるまで詳しく知らずにいましたが、古材や古民家の歴史的な変遷とその魅力、資源の価値と再利用の方法、再生保存の実例と文化的な背景など、体系的に分かり易く教えて頂くことが出来たと思います。

文化財として再生保存されるものもあれば、民家継承として現代的な要素を加えた魅力的な空間も創出されてもいます。実空間で体験すれば古材の主張が前面に出ているのかもしれませんが、スライドで拝見する限りそうした趣味性の無理強いを感じない、新しい材料とも調和の取れた空間があるように思えました。実際に拝見してみたいと感じます。

時間と予算を掛け、手間ひまを惜しまなければ出来上がらない空間だと思いますが、日本の民家はその材料や部品が建築され解体され、なお再利用されている合理的な建築文化であったと理解できた事が一番の感動かもしれません。増築や改修を繰り返し暮らしの変化に柔軟に対応できるよう、解体されても再利用できる時代を超えた創意工夫があります。京間、江土間などのモジュールが部材を再利用できるシステムにもなっている。釘を使わず組み上げだけで吊り下げられた天井板や、解体された住宅の建具が他の新築の建物で利用可能などなど。
経済的であったとしても現代のように金物や釘や接着剤をむやみに使えば、再利用は非常に困難な事になっていたに違いありません。

大雑把な捉え方ですが、石の西洋建築はその姿のまま時代を継承していますが、日本の建築はもっと複雑に違った形で時代を継承していたのだと感じます。資源はあり余ったものでは無い事を身体で理解した建築文化だったのかも知れません。
新しい建築材料に目がくらむ設計者としては、厳しいお叱りを受けた気分です。頭で理解しても、その真理を理解するのは時空を超えてまだまだ程遠いです。

お茶会へのお誘い

先月のすまいをトークでは、裏千家教授・宮崎宗和先生にお茶会のお話を伺いました。日本の建築も好きですから、おのずと茶道という世界はどことなく気にはなっていたものの、実のところ全く分かっていません。高校時代にも大学時代にも茶道部がありましたが、一度も出入りした事は無く、興味はあっても敷居の高いものの様にずっと思っていました。(今も思っていますが。。。)

講義の前半は茶道の歴史をずっと語っていただいたのですが、日本建築史に出て来る茶室や庭の講義で聞き覚えのある人の名前がお話の中に続いて行きます。考えれば当たり前だったのですが、茶道の講義に昔の設計者?の名前がつらつらと並ぶ様子を聞くにつれ、昔の人はマルチなデザイナーだよな〜とおこがましく一人感心していました。どことなく今の時代、建築家は建築家、デザイナーはデザイナー、茶人は茶人?と分業化しているのが普通と思われがちですが、昔の方は一貫して美の世界に通じ、いろいろな世界で活躍するのがごく当たり前な様にも思えてなりません。それは日本に限らず西洋でも同じに思います。むろん今でも多彩なマルチデザイナーやら建築家やらタレントはいますが、多芸に通じた稀なスパースターのような扱いにさえなりかねません。関係やら状況が複雑で、別な世界に脚を踏み入れる事が昔よりもエラく骨が折れるからかもしてませんが。。。

そんな昔でなくとも身近に考えれば、以前に親父の卒業文集だったかを見せてもらった時、達筆で絵も達者で文才もある人がこんなにも多いのか、すごいなと感じたことも自分の中では繋がっています。いろんなものが手に入り、いろんな情報が好きな時に得られる今よりも、生活の中に文化がずっと普通に備わっていたようにも思えます。

そんな事を書いておきながら、茶道は敷居が高いと遠のけていては何の事はありませんね。宮崎先生のその後のお話は、想像よりも茶道がずっと身近に思える様にしていただけましたが、文化を身につけるのはまだまだ骨が折れそうな気がしてなりません。

左官体験:京都府左官技能専修学院にて

左官教室
左官教室

すまいをトーク京都府左官技能専修学院に伺い左官実習を体験してきました。

現場の隅でチョロチョロと、我が家の補修でチョロチョロとぐらいは、コテをもっての左官のマネごとはしても大概は床面。一畳大の壁面を、しかも土壁を塗るという体験は初めてでした。実習の前に、学院長の西村弘三さんに京都の左官についてのお話を伺い、実習室にて実演を拝見し、挑戦する壁に向き合いました。

まず水を含ませた大きな刷毛で壁の埃を払い落し、打ち水をします。さて、塗り良い硬さに調整していただいた筈の練り合わされた土ですが、パレット(そう言えば何と呼ぶのだろう。。。)に載せた土をコテに移せない。塗る前から立ち往生です。コレがまず出来ない、と学院長さんがさも手際よくコテに土を載せる仕草を実演されていましたが、全く出来ません。ヒョイと簡単に載せていたように見えたのに。これでは壁を塗るどころでなく日が暮れてしまう。。。

後半で多少は要領は得たものの、諦めて一塗りずつ土をコテに載せ、壁に塗り始めました。。。というか、ほとんど押し付けるような状態。再び、コレがまず出来ない、学院長さんの言葉がかすめて行きます。まったく思う様に行きません。何気に塗り伸ばしていたように見えていた実演では、厚み3ミリぐらいですかね〜。だった筈が1センチぐらいモッコリしてしまうやら、塗りのこって下地が見えたままやら。壁際に至っては、控えめにという話もそれどころでなく、土を押し付けてしまう始末。新築の家でこんな事をしたら間違いなくお払い箱です。予想以上に悪銭苦闘。窓際にいたものだから、背中の陽がだんだんと暑く。汗やら冷や汗やら。

どうにかこうにか塗り終えかけたところに、学院長さんが。まだマシやね。ガクッ。本来コテ先はほとんど使わずするものらしいが、塗り残し多い端なんかをコソコソ小手先で穴埋めしてなんとか終了しました。気がつけば一時間ぐらいかかっていたのでしょうか。へっぴり腰の姿勢で、腕と腰と小手先の手がクタクタでした。全く仕事になりませんね。

左官教室で塗った壁です
左官教室で塗った壁です

日本の土は他国の土に比べれば粘りがあり、混ぜ物無しに自身で固まる性質があり左官に一番向いているそうです。四季折々の風土がある日本だからこその産物かもしれません。(ちなみに流行りの珪藻土は自身では固まることが出来ず、左官材料として使うには何か補助材になるものが必要になります。)そして重要なのが「スサ」。今回は節を取り除いた特上のものだそうですが、フサフサしています。技術を支える材料にもまた、日本のものづくりの丁寧さが現れているように思いました。

以前から気になっていた左官が左官と呼ばれる由縁についても、実習前にプリントを頂き。少しだけ謎が解明。リサイクル可能な土壁は、エコロジーの代表に違いありません。土壁を使った建物をまだ設計した事はありませんが、もっと活用すべきものだと改めて感じます。

環境と住宅 自然にやさしい木の家

shadow of a roof

すまいをトークの座学で、国産材で作る木の家を設計施工される工務店(株)コアー建築工房・吉瀬融氏の講義を拝聴しました。自然と共に共生する住宅作りを推進されています。

日本の住まいのあり方を考えれば、ごく自然に思える内容ばかりです。室内環境を空調機器に頼るのでは無く、光や風・自然の恩恵を取り込まない手はありません。情報に振り回されて、本来思い描いていた家の姿を忘れないようにしましょう。国産材を使うことで日本の山、日本の環境を守りましょう。などなど。

捉え方は人それぞれと思いますが、建築に関われば大なり小なり気に掛かる事がほとんどです。吉瀬さんは当たり前に話をされているに過ぎません。ですが普段の業務の中で、頭では分かっていてもなかなか出来ていないことや、目をつぶってしまっていること、声を大にして施主さんに提案出来ずにいることは、勉強不足から来るものだと講義を聴きながら感じています。技術や材料の進歩は日々情報として耳に入り、いつの間にかそれらに翻弄され、本質的な家作りの「当たり前」が分からなくなっているのかもしれません。

技術や材料の進歩を否定する訳では無ありません。(むしろ否定する事ができない。)ただ、設計者、施工者だけでなく施主の方々も含め、家作りに何が大切なのかをよく考えなければ本末転倒な家づくりをすることになり、一体何に満足をしているのか分からなくなります。もちろん、3者が同じ技量や土俵で話をする事は無理があります。それよりも、それぞれの立場で最良と思える最小限の意見や理想をぶつけ合えるコミュニケーションの場が必要なのでしょう。

数字に表せないところに住まいの本当の良さがあると信じています。と吉瀬さんと話の中にありましたが、それは出来上がった家に求めている「ゆとり」に違いありません。くつろげる家、楽しい家、カッコイイ家。誰しも何かゆとりのある家を求めています。それをお手伝い出来る設計者としての「ゆとり」ある家づくり見つけたいと思います。

今回の講座は普段よりも大勢の方がいらっしゃいました。その中に、ピーカンの物件を手掛けられた工務店の社長さんまで。大きな事を言って、恥ずかしい事が出来なくなります。

セミナー「削る技術と身体の動き − 熟練大工を科学する − 」

竹中大工道具館「技と心」セミナーに行きました。今回は島根大学教授・山下晃功先生による「鉋(かんな)」の話。その山下先生の自己紹介から講演がはじまるやいなや、その話し振りがおもしろくビデオやCGを使った内容に1時間あまりの講義があっと言う間に終わりました。

鉋で木の表面を平に仕上をする様子はごく当たり前のように見えますが、山下先生はなぜ?こんなにも薄く削れるのか?さらに木の目に逆らう逆目に削っても美しく仕上げるのは何故なのか?その単純な疑問からスタートし、中等教育で教える教員を指導する現場に従事する立場になられた事もあり、鉋の世界を学術的に体系化し学問的に後世に伝えようと試みた世界で唯一のカンナ博士と自称?されています。

37.5度

ヒノキを削る際に最適な宮大工の鉋の刃の角度です。90度、60度、45度といろいろな角度でヒノキを逆目に削る様子を、高速度撮影のビデオ映像で紹介されました。同じ鉋の刃先でも切れる様子が全く違いました。37.5度以外の角度では目が逆らって表面がざらつきます。なのに37.5度ではまるで違う。そして、切り屑が美しく鉋から排出される。また、一枚刃の場合、裏金のある2枚刃の場合など、ヒゲソリのコマーシャルではありませんが、その削れる様子、それに至る先人の知恵や工夫がビデオの紹介でとても良く理解できました。

後半には鉋を扱う人の動きに着目した話が続きます。骸骨が鉋を使うCG映像の説明で会場が沸きましたが、どこでどんな風に力が入っているのか、とても良く分かります。鉋を扱うにはヘソが重要だそうですが、上体の鉋と肩とヘソを結ぶ三角形が崩れない様、一定の力で引くことが肝心なようです。理解出来ても容易く出来る訳ではないと思いますが。。。

最近の建築現場では鉋を引く様子が実はあまり見られません。ほとんど工場で加工されてきた材料を組み立てるだけで済むようになっています。幾種類もの鉋を並べる大工さんを今は見ることがほとんどありません。昔は鉋台が現場の中心に据えられ仕事が進んでいた様に思いますが、今はベニヤで組んだテーブルが中心。そんな様子を見ても、技の継承は危うい様に思えてなりません。山下先生はもし、ロボットに鉋を使わせるにしてもそのデータは人間がインプットしなければ成立しない。いくら道具が発達しても、基本は人間にしか無いだと話をされていました。

スポーツの世界で人の動きが科学される様子はテレビなどを通して、日常的に知っています。今回の講義で、道具の進歩もさることながら、大工さんを始め職人の世界は人の動作が極められる事があってこその技術なのだと改めて知る事が出来ます。奥の深さにさらに感じ入りました。